ENW Lab.
Interview: 弱みを強みに変えるプロ集団 ブラインドライターズ
エコネットワークス(ENW)が運営するコミュニティ、TSA(Team Sustainability in Action)では、「サステナビリティファンド」という仕組みを設けています。TSAに参加するパートナーが自身や社会のサステナビリティにつながる活動をしたいときに、資金面から取り組みを応援する制度です。
ライターの新海 美保さんはファンドをきっかけに、「ブラインドライターズ」創業者の和久井 香菜子さんにお話を伺ったそうです。どんなお取り組みなのでしょうか? 新海さんによるインタビュー記事をお届けします!
視覚障害者や車椅子ユーザーなど何らかの障害をもつスタッフで構成される「ブラインドライターズ」。文字起こし(テープ起こしや反訳ともいう)のプロ集団です。このたび創業者の和久井 香菜子さんにお話を聞きました。「”できない”を”できる”に変える方法を考え、誰もが自信を持てる、自由で便利な社会を目指す」という言葉は、とてもしなやかで力強いメッセージです。
お話:ブラインドライターズ代表 和久井 香菜子さん
聞き手:新海 美保
長野県在住のライター、エディター。
顔の見える文字起こし
Q ブラインドライターズのサービスとは?
主要事業である文字起こしは、これまで100を超えるクライアントから依頼実績があります。取材、講演、セミナー、会議などの記録や確認用に活用いただいています。その他、法律事務所や大学研究室からのご依頼も多いです。料金プランは通常納期で1分198円、特急は1分298円、超特急は1分398円。文字起こしのほか、差別表現のチェックや商品レビューなどのサービスも行っています。
文字起こしのサービスは一般的に黒子の仕事ですが、どんな人が作業を担っているか少しでも伝えられたらと、原稿の最後にコメントを記載しています。「生産者の顔が見える野菜」みたいな「顔の見える文字起こし」ですね笑。
Q 創業のきっかけは?
私はライターとしても仕事をしていますが、2015年に8時間のインタビューを3週間で一冊の本にするという無茶な依頼がきました。そこでブランドコンサルタントの守山 菜穂子さんに相談したところ、視覚障害者(弱視)の松田 昌美さんを紹介されたんです。お願いしてみると、2日ほどでクオリティの高い原稿があがってきました。びっくりして驚きと感謝の気持ちを伝えると、「もっとやりたい」と言われ、他の仕事もお願いしました。東京オリパラでだいぶ環境は変わりましたが、まだまだ、障害があると気軽に外出することが難しいのです。「普段会えない人や行けない場所へトリップできるのが楽しい」と喜んでくれました。私がツテのある編集部から仕事をもらっていたところ、守山さんが松田さんのホームページ「ブラインドライター」を作ってくれたのです。それがSNSで拡散され、たくさんの仕事が入るようになりました。次第に仲間も増えていき、2019年に会社を立ち上げたのです。
Q どんな人がどんなふうに働いていますか?
最初は自分の仕事の依頼から始まりましたが、どんどん仕事の依頼が増え、現在のスタッフは40人。最初はスタッフからの紹介がほとんどでしたが、今は一般公募で応募してくる人が増えています。
完全リモートでの仕事なので、スタッフは全国にいます。就労支援センターや作業所で訓練を受けた人もいれば、文字起こしの初心者だった人もいます。「福祉」事業ではないので、最初のトライアルをクリアできないと採用できません。契約に至っても、仕事を全うできずに途中で諦めてしまう人もいますが、やる気さえあれば必ずできるようになると考えています。締切に遅れない、最後まで起こすという最低限のルールを設け、校正者のサポートを受けながら一生懸命がんばっているうちにどんどん上達してたくさんの仕事を受けられるようになった人もいます。
メンバーは皆それぞれ別の場所で働いていますが、スタッフ全員のミーティングを月に1回、幹部ミーティングを週1回オンラインで実施しています。仕事の依頼がくるとSlackのグループでシェアし、できる人が手をあげて担当を決め、原稿を完成させます。新人が疑問点を聞くとベテランが教えたり、わからない地名の読み方や聞き取れない言葉について議論を交わしたり、社内のディスカッションはとても活発です。みんな非常に熱心に取り組んでいて、どう起こしたらクライアントに喜んでもらえるか、誤字のない原稿が上げられるか、試行錯誤しています。「文字起こしのアルバイト」ではなく、「プロの文字起こし集団」だと自負しています。
障害者の選択肢を増やす
Q やりがいや苦労は?
サービスを始めた頃は、スタッフの困りごとや疑問に応えるのは、私しかいませんでした。でも、事業の継続のためにも、一人一人の自立のためにも、文字起こし以外のタスクも担いながら自分の頭で考えられるようになってほしくて、幹部を育てる仕組みづくりに力を入れています。
ブラインドライターズは、障害者を支援しよう、といった“美しい”動機で始めたわけではありません。私自身、学歴にコンプレックスがあって、仕事でも苦労した経験があります。でもかつて「どうしてクリエイティブの才能を活かさないの?」と言って私の可能性を信じてくれた人がいて、前向きにチャレンジする勇気をもらいました。同じように、みんなが自分の才能を見つけて働くことができたら幸せだと思います。自分の道がわからずに閉塞感があったり、なりたいものになれないもどかしさや自己否定感に苛まれている人を見ると、昔の自分を思い出して辛い。バイアスに阻まれずに誰にでもチャンスは与えられるべきです。
スタッフには「知らないこと、できないことがあるのは恥ずかしいことではない」と知ってほしい。だからどんどんいろんなことにチャレンジができる環境を作っていくつもりです。メンバー間で助け合いながら続けていく道を模索しています。
Q ”弱み”を”強み”に変えていくために、どんな発想が必要でしょうか?
「スクリーンを見ずにどうやって格闘ゲームをプレイするの?」「車椅子ってどのくらいの段差を乗り越えられるの?」と、私は知りたいことはどんどん聞いちゃいます。もちろん、人としてのマナーは同じですから、通常人に聞かないことは聞きません。障害を直視し障害とともに生きることも自己の生き方の一つだと受け止めることを「障害受容」と言いますが、この障害受容がまだ難しい人にはより配慮が必要です。でも障害自体について触れてはいけないと思うほうが差別だと私は考えます。
スタッフの中に「かつてあんまになる道をすすめられたけれど、あえて違う道を選んだ」という人がいます。また「大企業の障害者雇用枠で働いてみたけれど、単調で仕事の幅がなく、やりがいを感じられなかった」という人もいます。誰でも自分のやりたいこと、得意なことで仕事ができたら幸せです。ある支援学校を訪れた時、視覚に障害のある生徒の半数以上が、あんま師や鍼きゅう師になると聞いて驚きました。理療科に進むことが悪いのではありません。今はネットやIT技術を使って新しい仕事がどんどん生まれています。そうした選択肢が本当に開かれているのでしょうか。最先端の技術知識や発想力があれば生徒たちの将来はグッと変わるはずです。
Q ブラインドライターズへ依頼を考えている人へのメッセージをお願いします。
私たちブラインドライターズは、「ただ起こす」ことはしません。ご依頼の目的に合わせて原稿を調整しています。また、独自のソフトを開発し、より正確に速く作業ができるよう取り組んでいます。
最初は社会貢献の一環と思いご依頼いただいたクライアント様もいらっしゃいます。しかしそのままリピーターになってくださったり、口コミでご紹介してくださったりするのは、やはり成果物に満足いただいているからだと考えています。スタッフ一同、自信と誇りを持って仕事に取り組んでいます。文字起こしのご用命はぜひブラインドライターズをご検討ください。
また、文字起こしとは別に、既存店舗やサービスのバリアフリー化、バリアフリーのイベント企画、バリアフリーやアクセシブルなゲームの開発提案などを行っています。「みんなは行けるのに、私は行けない」「おもしろそうなのに、私は使えない」というサービスがあるだけで、悲しい思いをする人たちがいます。そういう人たちがいるとまず知ってほしい。そして、できることがあれば対応してほしい。そうした啓発活動をどんどん行っていくつもりです。
「障害」の表記について
ブラインドライターズさんでは、①「障がい」は読み上げ機能でスムーズに読めない、②障害当事者のメンバーの方が「障害」表記で傷つかない(「障がい」のほうがネガティブに感じる)、といった理由から「障害」の表記を使っているそうです。この考え方に基づき、本記事でも「障害」と表記しました。