東日本大震災から10年  福島で考える脱炭素社会と水素エネルギー

2021 / 5 / 25 | カテゴリー: | 執筆者:EcoNetworks Editor

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年。この間、日本のエネルギー政策を取り巻く状況は大きく変わりました。日本のエネルギーの“今”について理解を深めようと、エコネットワークスのサステナビリティ・ファンドを活用して、福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」に行ってきました。


執筆:新海 美保
ライター、エディター。


再生エネルギーを利用した世界最大級の水素製造施設

燃料電池自動車約560台分の水素を1日で製造できるFH2Rの水電解装置

脱炭素社会の実現に向けて世界各国で様々な取り組みが加速する中、次世代エネルギーの一つとして水素エネルギーへの関心が高まっています。日本でも、菅義偉首相が所信表明演説で「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会」を宣言し、2020年12月、具体施策として「水素システムを新たなエネルギーインフラに位置付ける」と発表しました。

水素は、エネルギーとして使用する時にCO2を排出しません。そのため、環境負荷が低い次世代エネルギーとして、燃料電池自動車や燃料電池バス、家庭用燃料電池などに使われています。政府は、2014年6月に「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を取りまとめ、企業の協力も得ながら日本の水素技術の確立と世界展開を目指しています。

水素供給構造の転換に向けた取り組みの一つが、今回私が訪れた福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」です。2020年に稼働を開始したFH2Rは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、東芝エネルギーシステムズ、東北電力、東北電力ネットワーク、岩谷産業、旭化成など様々な組織が運営。再生可能エネルギーを利用した世界最大級となる10MWの水素製造装置を備えた施設で、東京ドーム5個分に相当する広大な敷地に太陽光発電のパネルがびっしり敷き詰められています。

全国各地で普及が始まっている「水素ステーション」(写真は富山県富山市にある水素ステーション)

学校の化学の実験で、「水は電流を流すと水素と酸素に分解できる」と習いましたが、FH2Rでつくられる水素は、まさにこの太陽光発電で得られた電気で水を電気分解して取り出されます。FH2Rで製造される水素は1日当たり約3万立方メートル。これで電気をつくれば一般家庭約150世帯の電力を1カ月間賄える計算になります。また、FH2Rの水電解装置を1日運転した場合、燃料電池自動車約560台分の水素を製造できるそうです。

さらに、電気分解の原料となる水は浪江町の水道水を利用。この「浪江産」の水素は、研究の一環として、近隣の「道の駅なみえ」やJヴィレッジなどの燃料電池に無償で提供されているほか、さいたまスーパーアリーナなどコンサート会場でも活用されています。今、全国各地で「水素ステーション」の普及が始まっていますが、2021年3月にはトヨタ自動車の豊田章男社長がFH2Rを視察し、水素事業に力を入れていく方針を示しました。

原子力に代わる新たなエネルギーで町の再生を 

福島県浜通りの北部に位置する浪江町は、山・川・海に囲まれた豊かな自然を誇る地域でした。しかし、2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故のため、町民約21,000人が避難を余儀なくされました。2017年3月に一部地域で避難指示が解除されましたが、今も多くの住民が福島県内外で散り散りに暮らしています。廃炉作業や除染・中間貯蔵施設の整備、避難指示・区域の見直しなど、浪江町を含む原発周辺地域には、今も課題が山積みです。一度壊れてしまった自然環境やコミュニティが再生するには、気の遠くなるような歳月が必要です。

出典:福島新エネ社会構想~未来を創る新たなエネルギーの先進地へ~(経済産業省資源エネルギー庁HPより)

そうした中、浪江町は今、水素社会実現の先駆けとなるモデル地域を構築し、東日本大震災からの復興と地域活性化につなげていく「なみえ水素タウン構想」を掲げています。背景には、「原子力に代わる新たなエネルギーで町を再生させたい」という切実な思いがあります。

「水素はまだ地域の生活に馴染みのあるエネルギーではありません。でも近い将来、地元の人が『水素があってよかった』『浪江町はゼロカーボンに向けて取り組んでいる』と誇りを持ってもらえるよう、地元のエネルギーを地元で使う取り組みを進めています」。こう教えてくれたのは、浪江町役場産業振興課新エネルギー推進係・副主査の渡邉 友歩さん。原発事故で町を離れた人や他地域で暮らす人も「また行ってみようかな」「なんだかおもしろそう」と思ってもらえたら、と願っています。

2020年4月、9年ぶりに再開した浪江町の請戸漁港

原発事故後、太陽光や風力などの再生可能エネルギーが、化石燃料に依存しない持続可能でクリーンなエネルギーとして世界中で注目されていますが、発電量が気象に左右されるというデメリットを抱えています。例えば太陽光は晴れた日の昼間は大量に発電できますが、余った電力は長期間の貯蔵ができず無駄になってしまいます。そこで、最近は蓄電池を活用して余剰電力を蓄え、発電量が減った時に利用したり売ったりすることができますが、大容量の蓄電池は高価で長期間の貯蔵はできないというデメリットがあります。そこで、余剰の再生可能エネルギー電力を水素に変換して貯蔵する「Power-to-Gas(P2G)」という方法が注目されています。再生可能エネルギーの電力供給が足りないときに、貯蔵した水素から電力を補充できる体制を整えることで、発電量の調節が容易になるのです。

水素は「コストが高い」「法規制の緩和や制定が追いついていない」「水素爆発の可能性がある」など様々な課題がありますが、リスクを管理しながら水素をつくり、貯め、運び、使うことができれば、脱炭素化に向けた大きな一歩になるでしょう。その実証の拠点となるのが、このFH2Rです。

福島生まれの再生エネルギー由来の水素は、次世代エネルギーの先駆けになるのでしょうか? これからも関心を持ち続けていきたいです。

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