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【困難なとき支え合える社会へ】伴走型支援の現場を訪ねて-NPO法人抱樸・見学ツアーで触れた「ひとりにしない」支援
物価高騰や雇用不安、人間関係の希薄化などを背景に、生きることに困難を抱える人が増えており、誰もがある日突然「支えられる側」になり得ます。同時にちょっとした声がけや手助けによって、誰もが「支える側」にもなれる可能性があります。私たちがお互い支え合って生きていくには、どうすればよいのでしょうか。
本連載では、ホームレス状態にある人々や、様々な事情により社会的孤立に直面している若者など困難を抱える人々を支える現場を訪ね、その取り組みを伝えます。また、誰もが安心して「助けて」と言え、お互いに支え合える社会をつくるためのヒントを探ります。
第1回「多摩少年院を訪ねて―― 子ども・若者を支える社会のあり方を考える」では、地域・コミュニティにおけるつながりや居場所の重要性が見えてきました。第2回「『夜のユースセンター』に見る、居場所と数珠つなぎの支援の大切さ」は若者向けの居場所「夜のユースセンター」を訪ね、運営する方や訪れる方々にお話を伺いました。第3回は「ひとりにしない」支援を掲げ、生活困窮者や社会からの孤立状態にある人々の生活再建を支援する認定NPO法人「抱樸(ほうぼく)」の活動を見学したレポートをお届けします。
執筆:松本香代子
東京在住の翻訳者。生活困窮者や孤立状態にある人に寄り添い、継続的に支援する「伴走型支援士」の資格を有し、支援者としても活動している。エコネットワークスが運営するコミュニティ事業TSA(Team Sustainability in Action)の「サステナビリティファンド」という仕組みを利用し、今回の見学ツアーに参加。

私は2024年に日本福祉大学の「伴走型支援基礎講座」を受講し、「伴走型支援士」の資格を取得しました。その学びをさらに深めるために、2025年6月に北九州市を拠点に活動する認定NPO法人・抱樸の見学ツアーに参加しました。
抱樸は、1988年に北九州市で路上生活者へのおにぎり配布から始まった認定NPO法人です。「断らない支援」をモットーに、炊き出しや夜回りを通じて出会った一人ひとりに寄り添い、伴走型支援を続けてきました。これまでに約3,800人がホームレス状態を脱して自立生活を始めています。
現在は路上生活者の支援だけでなく、子どもやその家族、高齢者、障害者、ヤングケアラー、罪を犯した人など、今の社会に「生きづらさ」を感じているあらゆる人を対象に、居住支援や更生支援、学習支援など29の事業を展開しています。理事長の奥田知志さんは、日本福祉大学の客員教授で「伴走型支援士講座」の主要講師を務めるとともに、1990年から北九州市・東八幡キリスト教会の牧師として活動しています。
思いがけない始まり──「互助会葬」に立ち会う
見学ツアー当日は、午前9時半に事務所前に集合。午前中の参加は私を含め2名でしたが、午後には各地から6名が集まり、夜のパトロール時にはさらに増え、関東から参加した若者の姿も目立ちました。
少し早く着いた私が事務所のドア前で待っていると、担当者から声をかけられ、予定表にあった仕分け作業の前に「教会で葬儀がある」と告げられました。その葬儀への参列を促されて少し戸惑いましたが、その日弔われるのは「かつては路上生活をしていたが、抱樸の支援で自立生活を送っていた方」と知り、私も参列することにしました。

70年の歴史を持つ東八幡キリスト教会の外観(左)とエントランス(右)。2014年に完成した新教会堂は別名「軒の教会」と呼ばれる。木材がふんだんに使われ、随所に設けられた軒下のような空間が訪れた人々の交流の場となっている

礼拝堂は、天井の高さが8mもある。四方に天窓があり、差し込む光が時間と共に変化する
抱樸には、月会費500円で加入できる「互助会」という制度があります。共に生きる地域社会の創造を理念に掲げており、お花見やカラオケ大会、誕生日会なども行いますが、最も大切にしているのは身寄りのない方の葬儀を行うことです。最期の身仕舞いは、自分ではどうにもできないことでもあり、路上生活者が自立する上でも最大の懸案事項です。
この日の葬儀には、故人を知る仲間や支援者が大勢集まりました。プロテスタントの流儀に則り、讃美歌の斉唱や聖書朗読、共に歩んだ仲間が故人との思い出を語る時間がありました。特に心に残ったのは牧師による祈祷の言葉です。故人の生い立ちから抱樸での日々、自立後のこと、そして最期の日のこと。ひとりの人間の生きざまが伝わってくるお話を拝聴し、最後に皆で棺へ花を手向ける頃には、面識のなかった私たちまでもが旧知の人をお見送りするかのような思いに満たされ、優しく穏やかな気持ちになっていました。私もここで葬られたいーー思わず、そんな言葉がこぼれ出ました。
午前の作業──作業所での炊き出し用衣類仕分けと食堂での昼食
葬儀後は炊き出し用の衣類の仕分けを行いました。抱樸のスタッフや、かつては支援を受ける立場だったけれど今では支える側として活動しているという皆さんと雑談を交えながら進める作業の中で、「支える/支えられる」という境界がやわらかく解けていくのを感じました。

各地から寄付された衣類の袋の中から、その日に配る季節のものを選び出し、さらに種類別、サイズ別に仕分ける
昼食は、東八幡キリスト教会の真向かいにある「抱樸館北九州」1階の食堂で。食堂の主な役割は抱樸館の2階と3階の居室にお住いの方への食事の提供(1日3食)ですが、お昼は一般の人も利用可能です。

食堂の様子。お昼の定食は550円。食後のくつろぎの時間も大切な交流の場
抱樸館北九州には様々な生きづらさを抱えた方がサポートを受けながら暮らす完全個室の居住スペース(30室)があり、24時間体制での支援が提供されています。入居者のお一人が笑顔で自室を見せてくださり、プライバシーが確保された快適な居住空間であることがよく分かりました。また、昨今では珍しい喫煙室が設けられており、そこで談笑する様子からも、「誰もが受け入れられる場」であることが感じられました。
午後の活動──講義とお弁当作り
昼食後は、事務所2階の会議室にて奥田理事長のお話を伺いました。最初に動画で事業紹介が行われ、「希望のまち」プロジェクトの現状説明のほか、見学参加者がそれぞれ参加の動機を述べる時間も設けられました。
講義の後は座談会の予定でしたが、ちょうど東八幡キリスト教会のボランティアチームがこの日の炊き出し当番だったため、急遽100食以上の牛丼弁当作りを手伝いました。礼拝堂の後方に設けられた作業場にたくさんの人が集まり、子どもから大人までが自発的に動きながら、準備から片付けまで滑らかに作業が進んでいきました。

礼拝堂の後方にある作業スペース

お弁当作りの様子。調理、盛付、詰め方まで流れ作業で。東八幡キリスト教会の弁当は目玉焼き載せ牛丼弁当が定番。紅生姜、漬物、薬包紙に包んだ七味も添える。この台は最終工程で、詰めた物を少し冷まして蓋をしてゴムで留める
「希望のまち」予定地を訪問
その後、車で移動し建設途上の「希望のまち」を見学しました。「希望のまち」は北九州市にあった特定危険指定暴力団の本部事務所跡地に、福祉機能を備えた全世代向けの施設を建設するプロジェクトです。この施設を全員参加型地域再生のモデルケースとして全国に発信し、活動の輪を広げていくことを目指しています。
1階は地域に開かれた共有スペースとし、2〜3階の救護施設には生活困窮者向けの個室を整備する予定ですが、どの階も閉じた空間とはせず、居住者と来訪者がゆるやかに交流できるよう設計されています。誰もが誰かを自発的に助けたり助けられたりして、疑似家族のような人と人とのつながりが自然に育まれていく場所をつくろうとしています。
当初は4階建ての予定でしたが、資材の高騰やコロナ禍の影響により規模を縮小。2度のクラウドファンディングを経て2025年1月に着工しました。2026年8月末には竣工・引き渡し、その後、什器搬入などの準備を進め、10月31日から部分的なプレオープン、救護施設を含めてすべての機能が整うグランドオープンは12月を予定しています。

向かい側の道路から見た建設予定地
夕方から夜の活動──炊き出し
19時15分からは勝山公園での炊き出しに参加しました。お弁当の提供だけでなく、希望者には入浴券(下着・タオル付き)や衣類の配布も行われていました。健康相談、弁護士による法律相談コーナーも設置されており、困ったときの相談窓口や新制度に関する情報を載せた「かわらばん」も配られました。喫茶コーナーでは、利用者と支援者が和やかに談笑する光景が見られました。

左:私の手描きの見取り図。右:現場で配られたかわらばん
最近は路上生活者の数が減り、生活保護費の支給直後などにはお弁当が余ることもあるそうですが、この日は長い列ができ、すぐに配布終了となりました。21時に炊き出しは終了し、設営と同様、撤収作業も流れるように手際よく行われました。終了後には関係者が輪になり、その日の振り返りと今後の活動予定の共有が行われ、奥田理事長の言葉で一日が締めくくられました。
深夜のパトロール──街の中での静かな対話

左:夜のパトロールの様子。右:商店街の居酒屋の壁にも「ほうぼくサポーター」募集のビラが
炊き出しの後、午後10時25分に小倉駅裏手に集合し、2つのグループに分かれて約2時間の訪問型パトロールを行いました。この日は定例のスタッフのほか、関東方面からの見学参加者も多く、各グループはおよそ10人規模に。私を含む初参加者は奥田理事長と共に、「オモテ」と呼ばれるルートを担当しました。
出発して10分も経たないうちに、物陰から次々と人が近づいてきました。パトロール隊のメンバーは、お弁当や衣類を手渡しながら穏やかに言葉を交わし、体調や近況を確認していきます。路上生活者の数は減っているものの、炊き出し会場までの距離や人混みへの苦手意識から会場に来られない方も少なくありません。そうした方々にとって、定期的に訪れてくれるパトロール隊の存在は、物資の支援以上に、心の支えになっています。
この夜は、顔なじみの方々に加え、新たに支援を必要としていると思われる方にも出会いました。そうした場面でも、パトロール隊は決して慌てることなく、ゆっくりと近づき、静かに声をかけます。相手が応えるまで、じっくりと待つ。空腹そうであれば、そっとお弁当を差し出し、頃合いを見て連絡先の書かれた紙を手渡す。その一つひとつのやりとりが、心の扉を開いていく時間となっていました。
歩きながら、奥田理事長から活動の歴史についても伺いました。路上生活者の数が減ったとはいえ、支援を必要とする人は依然として多く、これまでにはなかった新しい課題も生まれています。助けを必要とする人がいる限り、夜間パトロールはこれからも続いていきます。
終わりに-誰もが、安心して「助けて」と言える社会を目指して
今回の見学で触れられたのは、抱樸の活動のほんの一部にすぎません。それでも、その活動が地域に根ざし、人々を支え、そして人々からも支えられながら続いていることを肌で感じることができました。
単身世帯が増えつづけるこれからの社会において、抱樸のような取り組みは、これまで以上に注目されるべきだと思います。路上生活者に限らず子どもから大人まで、一見何の問題もないようでも、何かしらの生きづらさを抱えている人はたくさんいます。誰もが、安心して「助けて」と言える社会を築きたい。その想いが抱樸を動かしています。
最終回となる次回は、本シリーズの執筆者と編集者が連載を振り返りながら、それぞれの思いや気づきを共有する「シェア会」の様子をお届けします 。