SDGsのゴール16とは?〜「平和」に対してビジネスが貢献できること〜

2020 / 5 / 4 | カテゴリー: | 執筆者:EcoNetworks Editor

日本では空前のSDGs(持続可能な開発目標)ブームでSDGs関連のコンサルティングのニーズが高まり、現在、様々な業界からご相談を受ける機会が増えています。

しかし、日本の企業から、SDGsのゴール16で示すような「平和」への取組を推進したい、という声を耳にしたことはありません。どちらかというと、SDGs達成に貢献するような、技術革新によるイノベーションの機会を模索する企業や、ESG評価を高めるレポーティングに熱心な企業が多いように感じます。

「平和」と聞くと、漠然とした理想的な社会を語るような印象を与え、ビジネスとは関係ないものだという誤解があるのではないでしょうか。そこで、今回はGlobal Allianceが2019年に発行したEnabling the Implementation of the 2030 Agenda through SDG 16+ Anchoring peace, justice and inclusionと、SDG Fundが2017年に発行したBusiness and SDG 16: Contributing to peaceful, just and inclusive societiesをもとに、日本企業が取り組むきっかけとなるように、「平和」に貢献するためのグッドプラクティスを紹介しつつ、ゴール16で語られる「平和」の解釈の仕方を改めてお伝えしたいと思います。


執筆:鈴木 真代
南米コロンビア在住のサステナビリティ・コンサルタント/ライター/翻訳家


ゴール16:持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する

16.1  あらゆる場所において、すべての形態の暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる。
16.2  子どもに対する虐待、搾取、取引及びあらゆる形態の暴力及び拷問を撲滅する。
16.3  国家及び国際的なレベルでの法の支配を促進し、すべての人々に司法への平等なアクセスを提供する。
16.4  2030 年までに、違法な資金及び武器の取引を大幅に減少させ、奪われた財産の回復及び返還を強化し、あらゆる形態の組織犯罪を根絶する。
16.5  あらゆる形態の汚職や贈賄を大幅に減少させる。
16.6  あらゆるレベルにおいて、有効で説明責任のある透明性の高い公共機関を発展させる。
16.7  あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型及び代表的な意思決定を確保する。
16.8  グローバル・ガバナンス機関への開発途上国の参加を拡大・強化する。
16.9  2030 年までに、すべての人々に出生登録を含む法的な身分証明を提供する。
16.10 国内法規及び国際協定に従い、情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する。
16.a  特に開発途上国において、暴力の防止とテロリズム・犯罪の撲滅に関するあらゆる レベルでの能力構築のため、国際協力などを通じて関連国家機関を強化する。
16.b  持続可能な開発のための非差別的な法規及び政策を推進し、実施する。


平和とは恐怖や暴力がないこと

SDGsの前文で、平和の概念について、以下のように書かれています。(外務省仮訳を引用)

平和:我々は、恐怖及び暴力から自由であり、平和的、公正かつ包摂的な社会を育んでいくことを決意する。平和なくしては持続可能な開発はあり得ず、持続可能な開発なくして平和もあり得ない。

つまり、「平和」とは、私たちが恐怖や暴力に脅かされない状態です。しかし、平和とは程遠い推計があります。UNHCRによれば2018年時点で、約7,080万人が、迫害、紛争、暴力の結果として強制的に家を追われています。国連と世界銀行グループの研究では、今日の暴力的な紛争は過去よりも複雑で、より多くの非国家集団や地域的・国際的なアクターが関与し、ますます長期化しています。

また、世界には新たな「暴力」が増えています。平和学者ヨハン・ガルトゥング博士は、貧困・抑圧・差別などの「構造的暴力」が世界中であふれていることを指摘しています。実際、国家や企業のような権力のあるアクターが決めた社会規範や制度によって、権利が脅かされる個人・集団が存在するような場合、それは平和が脅かされている状態と言えます。こうした暴力の多様化が、SDGsを達成するための最大の障害となっているのです。

日本では、平和であることが普遍化し、紛争が起きている国々のことを考えることは、とても遠い国の話と思われがちです。しかし、長引く紛争や戦争は、慢性的な脆弱性、精神的・社会的・経済的なトラウマ、文化的遺産の破壊をもたらし、これは戦後、日本でも経験してきたことです。紛争にさらされる社会には、対話や信頼、合意形成、包摂的な政治的解決、和解が必要です。国際的な資金的・物質的な協力など、「誰一人、置き去りにしない」という目標を達成するためには、紛争国を支えるための、国際社会の貢献が不可欠になっています。

平和の実現に向けて、企業にできる6つのこと

では、企業は具体的に「平和」の達成に向けて何をすべきなのでしょうか。

「SDG16に真剣に取り組む企業は、さまざまなビジネスモデルを試し、利害関係者をより広い視野で見る必要がある」と、B-Corpのような持続可能なビジネスモデルを研究しているThe Bingham Centre for the Rule of Lawのディレクター、ユリシーズ・スミス氏は語ります。また、ゴール16で求められる説明責任や透明性のある制度の確立の重要性について、世界最大の資産運用会社BlackRockのCEOラリー・フィンクは、「近年、企業の考え方は確実に変化してきている」と分析しています。

SDGsが企業に求めているレベルと実際に世界の各産業をリードするグローバル企業の動向を考えると、私の考えでは、まず、社会の枠組みへの2つの貢献を提案したいと思います。

1)「平和」を推進するインフラの構築・強化

企業は、「平和」のインフラの構築に貢献することが可能です。特に企業が、その国・地域の「平和」をテーマとするプロジェクトに関わる場合、共同設計、共同投資、共同実施に関わることで、民間セクターでのノウハウを紛争地や紛争解決後の社会で生かせるでしょう。また、企業の影響力を利用して、社会全体の中で、誠実な活動や注目すべき発言には、積極的に言及し、世間の耳に入るように啓発すべきです。

2)「平和」を導くセクター間のパートナーシップの推進

ゴール17において強調されているように、民間セクター、国連機関、各国政府、市民社会の間でパートナーシップを推進していくことは必須です。特に、企業はリードすべき立場にあります。なぜならば、企業の強みとして、企業はグローバルな法規制にならい、平和的な方法で紛争を解決していく商文化を持っているからです。例え、政府が「暴力」を乱用していたとしても、企業はそれを改善できる役割を担っているのです。官民パートナーシップ、社会的投資、CSR活動との連携促進が期待されます。そして、その中には、特に紛争や暴力に関して活動する、ジャーナリストや現地で調査を行うNGOや専門機関を支援することも求められています。

そして、次に、企業が起因する構造的暴力を防止する方法として、リスクマネジメントの一環になる方法4つを提案します。

3)社会・経済的なジェンダー平等の推進

企業の待遇や人事(採用・配属・異動・休職・退職など全ての場面)における、女性に対する社会的・経済的差別をなくすことが必須です。企業の役員、上級管理職、その他の重要な経済的意思決定の役割により女性が配置されるべきです。また、女性の人身売買は世界中で続いており、女性や少女は肉体的に強制労働を強いられ、多くの場合は性的な性質のものであるため、サプライチェーンにおいて社内外でそのような人権侵害事例が出ないような体制を構築する必要があります。

4)人権保護とダイバーシティの推進

大企業・中小企業問わず、人種、民族、性別、宗教による差別がないことを保証する雇用慣行を採用し、一人ひとりの人権を尊重する労働環境を築き、抑圧や拷問の被害者を減らすことが必要です。そのためには、人権侵害を受けた被害者が自主的に第3者に通報できる「苦情処理メカニズム」を設置していくことが各企業に求められています。

5)透明性を尊重した情報開示・レポーティング

ゴール16では、政府だけではなく企業に対する情報開示の重要性も示唆しています。その根本には、「公正な意思決定は、十分かつ正確な情報の流れに基づいて行われなければならない」という考え方があります。企業が多様な意見を含む意思決定プロセスを経て、迅速な情報開示や透明性の高いレポーティングを実施することで、事業活動により影響を与える可能性のあるステークホルダーへの説明責任が果たされます。そして、その開示したデータがステークホルダーの意思決定に利用されることで、社会全体の意思決定の仕組みが強化されます。

6)サプライチェーン管理

企業は、サプライチェーンの管理の一環として、進出している国の汚職防止、労働権の確保、包括的意思決定の実施、コミュニティ参画などゴール16の目標を達成するための法的枠組みの構築プロセスに、積極的に参画していくことが必要です。企業に求められる責任は、年々厳しくなる一方、各国・地域の法的枠組みの変化が速いため、その変化に対する対応力が企業には求められています。

 

以上、6つの項目が達成されることで、より安定した「平和」な社会への第一歩となり、SDGsに掲げられている社会課題の解決にもつながります。

ここで示した内容の多くは、「ビジネスと人権」や「ESG投資」で語られる内容と重複します。サステナビリティ経営の軸で語られるテーマは、実はゴール16と深い繋がりがあります。

「平和」に貢献する企業のグッドプラクティス

次に、Business and SDG 16: Contributing to peaceful, just and inclusive societiesから、4つの事例を紹介します。

事例①:スペイン/ 銀行ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行 (Banco Bilbao Vizcaya Argentaria, S.A.) マイクロファイナンス財団

金融包摂を通じた脆弱な人々の経済的・社会的発展を促進することを使命とし、2007年にBBVAグループによって設立された非営利団体です。特に、コロンビアでは、平和構築プロセスにおいて優先的に支援を行うと指定した紛争被害の大きい地域の地方自治体と連携し、資金力の乏しい起業家にマイクロファイナンスを利用する機会を提供し、コミュニティにおける信頼の醸成、規制の確立、人的ネットワークを育む社会資本の構築に貢献しています。

事例②:コロンビア/ 食品会社グルーポ・ヌトレサ社

北米から中南米を中心に販売網を広げているコロンビア最大の老舗食品会社です。性別、人種、宗教などの問題による差別を減らすために、貧困、幼少期の虐待、集団外での地位、その他の個人的な課題を克服した採用候補者の経験を、履歴書で高く評価しています。また、採用プロセスにおけるアンコンシャス・バイアス対策のための研修も、採用プロセスに関わる全てのリーダー向けに実施しています。こうした施策は、あらゆる差別を克服し、実力主義の組織を確立することにも役立ちます。

事例③:スウェーデン/ アパレルブランドH&M社

市場の安定と生産性の維持を目指すために、世界の紛争の原因となっている土地の権利を保護し、労使関係と紛争解決を強化することで、労働紛争の緩和に積極的に取り組んでいます。紛争解決はH&Mの戦略の重要な部分であり、これらの取り組みには明確なビジネス上の利益があると同社は考えています。

事例④:米国/ インテル株式会社

ゴール4(質の高い教育)、ゴール5(ジェンダー平等)、ゴール13(気候変動対策)に重点的に取り組み、ゴール16のいくつかの目標や指標に直接影響を与えるプロジェクトを実施しています。例えば、人身売買や児童労働に関するサプライチェーン方針の策定・実施、人身売買を防止するためにテクノロジーを活用する人工知能プロジェクト、テクノロジーを通じた若者や女性のエンパワーメント、法務部門によるプロボノ活動などを実施しています。ゴール16で推奨されるような政策立案のため、国際スズ研究所のスズ・サプライチェーン・イニシアティブ(iTSCi)、ベター・ソーシング・プログラム(BSP)、米国国務省および米国国際開発庁の責任ある鉱物取引のための官民アライアンスなどのプログラムを支援してきました。

日本企業への期待

ゴール16に関して、企業が取り組むべきアクションには、「ソーシャル・インクルージョン(社会包摂)」「ダイバーシティ」「透明性」「ガバナンス」などのテーマがあり、これらを事業のあらゆる機能に盛り込み、実践していくことが求められています。ダイバーシティを重視した採用や育成に関わる部分は人事部門、サプライチェーンの人権侵害に関しては調達・コンプライアンス部門、新規市場開拓に関するリスク調査は営業部門やマーケティング部門、透明性の高いサステナビリティに関するデータ公表は広報部門など、ゴール16が網羅する領域は、様々な部門の業務に直接的に関わります。

国際的な競争力という観点では、「法の支配」の促進には、政府だけではなく、グローバルな企業が国際的な議論をリードしていくことが必須であり、そのプロセスでは、経営者の「人権」に対する倫理観が問われています。例えば、国際NGOなどの批判に応じるだけではなく、経営者が人権侵害撲滅に積極的に対応し、自ら発言することが求められているのです。経営者が「平和」を語る際には、ゴール16を意識して、これまでの実績やこれからの方針を考えてみてはいかがでしょうか。

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