ENW Lab. ENWラボ
日本の子どもたちに伝える世界の課題とサステナビリティ
新型コロナウイルスの影響で、昨年、日本中、世界中の子どもたちが休校や分散登校などを余儀なくされました。学力の低下や心身への影響が懸念される中、「こんなときだからこそ子どもたちに伝えられることがある」と新しい挑戦を始めた先生たちがいます。滋賀の小学校と東京の中学校の事例をご紹介します。
執筆:新海 美保
算数の授業で世界の水問題を伝える
「子どもたちがもっと世界に目を向けるために、算数の授業でできることってないかな?」。2020年秋から地元・滋賀県の小学校で働くENWパートナーの川平紗代さんは、ある日、算数の授業を担当する教員から、こんな相談を受けました。
川平さんは、大学院で修士号(Master of Business in Sustainability)を取得後、2019年12月から青年海外協力隊員としてドミニカ共和国に赴任し、小学校などで環境教育を行っていました。しかし新型コロナウイルスの影響で帰国を余儀なくされ、今も再渡航のめどはたっていません。そんななか、母校で臨時職員を募集しているのを見つけて応募。コロナ禍で大変な状況下にある教員のアシスタントとして、小学校3年生と5年生、特別支援学級に入り、テストの丸つけから授業のサポート、外国語を母語とする生徒や帰国子女へのケアなど、協力隊ならではの手腕も発揮しています。
以前から「環境問題の解決には、子どもたちへの正しい教育が近道」という思いがあった川平さん。算数の授業を担当する教員からの提案を二つ返事で引き受け、小学校4年生向けの特別教材(「世界の水の使用量と汚染水をきれいにするのに必要な水量」)をつくりました。
算数の授業と国際理解と両方の要素を取り入れるため、川平さんが選んだテーマは「水」でした。理由は「滋賀県の子どもたちにとって水はとても身近だから」。県民総出の琵琶湖清掃活動をはじめ幼い頃から水に親しむ機会が多く、生活に不可欠な水を手がかりに世界へ目を向けるきっかけをつくろう、と考えました。
教材には「水道水を飲める国は世界にたった15カ国」「1日の水の使用量は世界平均約186L、滋賀県約375L」など具体的な数値が表示され、世界の水事情や日本の恵まれた水環境について理解できます。また、「歯磨き時に蛇口の水を止めてコップで口を注ぐと1回で5.4Lの節水ができる。1日2回歯磨きする場合、1カ月で何リットルの節水になる?」など、4年生で習うかけ算や割り算などを使って解く設問も入っています。
教材を活用して算数の授業を行った教員からは「手洗いや歯磨きなど日々の習慣に結びつけられる事例があって伝えやすかった」との声がありました。
「環境教育は道徳や総合的な学習の時間の枠でないとできないと思い込んでいましたが、他の科目や日々の会話のなかでも少しずつ伝えていくことはできる」という川平さん。今後は、早く問題を解けた生徒の隙間時間にクイズ形式の”環境カード”を配るなど、教員の負担をかけずに生徒の国際理解をうながす仕組みをつくっていく予定です。
知るだけじゃない、アクションにつなげるSDGs
持続可能な社会の実現を目指すため、国連のSDGs(持続可能な開発目標)を取り入れる学校も増えています。筆者が関わる渋谷区立松濤中学校では、3年生の総合的な学習の時間を使って「世界とつながろう 未来工房」と題した授業を実施しています。
SDGs17の目標を柱に、約1年をかけて世界の諸問題について学び、地域の特色を生かしたアクションを考えます。最終目標は2021年2月、中高生向けの教育企画「探求AWARDS2020」にエントリーすること。全国から多数の学校が応募するアワードに挑戦するべく、生徒たちは2〜3人の小グループに分かれて、関心のある国や課題を設定し、自分たちに何ができるかを探ってきました。
サポート役は、SDGs支援機構や国際協力機構(JICA)、グローバル企業などの職員、青年海外協力隊経験者、大学生、ライターなどの外部講師総勢20人以上にのぼります。筆者はインドの労働問題について調べるグループと、エクアドル・ガラバゴス諸島の環境問題をオンライントラベルという手法で発信しようとするグループの発表を聞き、アワードに向けたアドバイスを行いました。

ミャンマーについて調べたグループは「ミャンマー版人生ゲーム」を制作
「新型コロナウイルスの影響で、修学旅行など多くの学校行事が延期や中止となりましたが、一方でオンラインでの新しい取り組みが求められていました。そこで、以前から授業に取り入れたいと思っていたSDGsを活用して、世界のことを学び、さらにはアクションへとつなげるために探求AWARDS2020に参加しました」。こう話すのは、英語科担当の石井誠先生です。SDGsを取り入れた授業の実施は、松濤中学校として初の試みでしたが、各科目の成績評価だけでは分からなかった生徒の強みや魅力を発見でき、教育の幅が広がったと言います。この授業を通じて、世界へ目が向くようになり、「高校でももっと学び続けたい」と話す生徒も増えているそうです。
ポストコロナの新しい世界をつくっていくのは、紛れもなく若い人たちです。小さな種をまく取り組みを、これからも応援していきたいと思います。