新しい経済のあり方を考える 〜セミナー「公共善エコノミーの未来」への参加を通して〜

2025 / 5 / 2 | カテゴリー: | 執筆者:EcoNetworks Editor
会場の様子

(Photo by 一般社団法人公共善エコノミー)

「公共善エコノミー(Economy for the Common Good)」は、世界で注目を集めている、持続可能で新しい経済モデルです。2010年にオーストリア、イタリア、ドイツ、スイスでボトムアップの運動として始まり、今や欧州から南米まで40の関連組織が設立されています。公共善エコノミーを支持する企業は3,000社以上に上り、地方自治体から大都市まで、様々な地域での実践が盛んになっています。

日本でも2022年に『公共善エコノミー』(クリスティアン・フェルバー著、池田憲昭訳、鉱脈社)が刊行され、少しずつ知られるようになってきました。エコネットワークス(ENW)ではいち早くその動きに注目し、2023年3月に同法人代表理事を務める池田憲昭氏へのインタビューを行っています。さらなる学びを深めようと2025年2月9日、公共善エコノミーの創始者であり、『公共善エコノミー』の著者であるクリスティアン・フェルバー氏の来日記念イベントに参加しました。主催した一般社団法人公共善エコノミーは、この活動を日本でも広げるために2024年4月に設立され、アジア初の公共善エコノミーの国際連盟メンバーとして正式に承認されている組織です。

本記事では、基調講演の概略をお伝えした上で、日本の事例と今後の可能性について考えるパネルディスカッションの内容をご紹介します。また、ENWが目指す方向性と公共善エコノミーの接点を探ります。


執筆:小島和子
生まれも育ちも東京のフリーランス。編集・執筆・出版プロデュースが得意。


今の資本主義には世界の過半数が「NO」

クリスティアン・フェルバー氏

クリスティアン・フェルバー氏(Photo by Bernd Hofmeister)

「公共善エコノミーの未来」と題した基調講演の冒頭、フェルバー氏は「人と人との関係が豊かに育まれるために大切な価値観や原則、資質は何だと思いますか?」と呼びかけました。会場参加者から口々に返ってきたのは「思いやり」「平和」「感謝」「対話」「寛容さ」「正直さ」などの言葉です。世界中で講演を重ねるフェルバー氏は、どの国・地域でも似たような答えが返ってくると言います。

ところが、現在主流となっている経済には、こうした要素がほとんど反映されていません。例えば経済や金融を大学で学ぼうとしても、「homo economicus(ホモ・エコノミクス、経済人)」を前提とするロジックしか扱われません。「経済的合理性のみに基づいて行動する個人主義的な人間像を前提として、そこから生まれてきたのが現在の国際的な経済モデルです。このモデルは社会課題の解決に寄与するものではなく、気候変動や生態系の危機など、むしろ深刻な問題を引き起こしています。地球規模で見れば、今の経済は持続可能な未来をまったく志向しておらず、健全な生態系のために機能していないことは間違いありません。こうした経済のあり方を今こそ再考すべきです」と、フェルバー氏は公共善エコノミーにかける思いを語ります。

欧州だけでなく、世界40ヵ国を対象として、現在の資本主義経済が善いことをしていると思うか、それとも害を及ぼしていると思うかを尋ねる大規模な調査が2020年に行われました。調査対象となった4万人のうち、過半数が「害を及ぼしていると思う」と回答したそうです。決して少なくない人々が、経済全体を根本から見直す必要があると考えているのです。

誰が公共善を定義するのか

一方、「コモングッド(公共善)という言葉は素晴らしいが、誰が公共善を定義するのか」と疑問視する声もよく聞かれると言います。「そんなことを定義するのはあまりに難しい。だから公共善を目指すことなどやめてしまおう」というわけです。

そこで公共善エコノミーのモデルでは、公共善を測る指標として「公共善マトリックス」が定められています。これは「人間の尊厳」「連帯と公正」「環境持続可能性」「透明性と共同意思決定」という4つの価値に対し、「サプライヤー」「オーナーとファイナンス・パートナー」「従業員」「顧客と他企業」「社会環境」の各ステークホルダーの関わり方を示すことで、公共善の「達成度」を測るシステムです。具体的には、従業員の尊厳が守られているか、あるいはサプライチェーンにおける意思決定に際しても民主的なプロセスが取られているか、製品やサービスの使用と廃棄に際し、環境負荷低減が目指されているか、といった設問が設けられています。

このマトリックスを踏まえて企業が「公共善決算」を行う場合に、スコアが高いほど銀行から有利な融資を受けられたり、税金が軽減されたりといったインセンティブが設けられれば、多くの企業がこのマトリックスを利用するようになると、フェルバー氏は考えています。

公共善マトリックスについての説明

公共善マトリックスについての説明

資本主義と社会主義の間にあるオルタナティブ

公共善エコノミーのようなアイデアに抵抗感を覚え、「資本主義を捨てて社会主義になればいいと言うのか」と問いかける人もいます。そんなとき、フェルバー氏は「資本主義か社会主義しか選択肢がないと思う必要はない」と答えているそうです。「極端な資本主義でも社会主義でもない、その間には多くの代替案があるはずです」

世界には、既に公共善エコノミーを体現している取り組みが多数あります。「公共善決算」を行っている企業が1,300社もあり、その一つとして紹介されたのがドイツのパン製造業者です。この企業では、パンの原料を生産する穀物農家から流通業者、従業員、銀行、株主など、様々なステークホルダーを年に一度の円卓会議に招待しています。その会議でフェルバー氏が感銘を受けたのが、株主と穀物農家のやりとりです。「今年あなたが良い生活を送るためには、穀物の価格をいくらにする必要がありますか」。株主は穀物農家にこう尋ね、その答えによって値付けを行うという習慣が何十年も続いているそうです。株主や資本家の利益が優先される現在の資本主義社会にあっても、意志をもって公共善エコノミーに取り組むことができるという好例といえるでしょう。

「欧州発の考え方は、日本の市場や社会に馴染むとは限らない」。そう感じる人もいるかもしれません。そうした懸念を意識してか、基調講演の終盤にフェルバー氏は「今日、本当にお伝えしたいのは、新しい経済モデルの提案が出てきている、という話ではありません。欧州発のアイデアとして公共善エコノミーを紹介しましたが、日本にも既に、より善い経済を志向した取り組み、伝統的な商慣習や文化があるのではないでしょうか」と会場に呼びかけました。

鍵を握る内発的なモチベーション

会場の様子

パネルディスカッションの様子(Photo by 一般社団法人公共善エコノミー)

そこで基調講演に続く第2部では、日本における取り組みの現在地と今後の可能性について、パネルディスカッションが行われました。パネリストとして加わったのは、西武信用金庫理事長の髙橋一朗氏、日本労働者協同組合連合会(ワーカーズコープ連合会)専務理事の田嶋康利氏、小田原市長の加藤憲一氏の三氏です。

量的な成長を目指さない経営のあり方や、「公共」を育てる主権者教育の重要性、市民や働く人が出資して事業・経営を主体的に担い、生活と地域に必要な仕事を協同で起こす「協同労働」という働き方など、話題は多岐にわたりました。「人口減少社会になるにつれ、中小規模の組織が公共善エコノミーを追求しやすくなるのではないか」という意見もありました。

公共善エコノミーの普及に必要なことは何でしょうか。「現在、世界で公共善エコノミーを牽引している組織は、内発的なモチベーションから取り組み始めた」とフェルバー氏は言います。この仕事の意味は何か、あるいは最も大切にしたい価値観は何なのかと自らに問い、自分たちの心の声を聴こうとすること。そうした感性を持った人々がパイオニアとして、公共善エコノミーが徐々に広がりを見せているとのことです。

パネリストのモデレータを務めた(一社)公共善エコノミー共同代表理事の清水菜保子氏は、「また海外から目新しいものが入ってきたと思われがちですが、それは違います」と強調しました。「日本にも公共善を大切にする価値観があるはず。それを皆さんと共有したかった」と。自分たちに内在する価値観を改めて掘り起こし、何が公共善に資するのか、改めて問われているのだと感じました。参加者それぞれが、日頃の事業や活動を振り返り、次のアクションを考えるきっかけとなるパネルディスカッションでした。

ENWにとっての公共善とは

最後に、ENWが目指す方向性と公共善エコノミーの接点を考察します。ENWでは、従来の雇用関係に基づく働き方にとらわれることなく、業務契約で働くパートナーを含め、一人ひとりが自らの知識、経験、実践を積み重ね、サステナブルな社会の実現を志しています。そんなENWにとって、公共善エコノミーの考え方は非常に親和性が高いものだと感じました。

ENWでは、 売上の1%相当を福祉・医療、多様性、環境、子どもなどの分野で活動するNPOに寄付する活動を2017年から続けています。この取り組みは、公共善を目指す実践だといえるかもしれません。さらに、昨年末に定めた「私たちのパーパス(存在意義)」では、冒頭に「あらゆる命が輝けるサステナブルな社会と地球のために」と掲げています。この一言に、ENWにとっての公共善が表れているとも感じます。このパーパスを、これまで以上に様々なステークホルダーとのコミュニケーションに活かし、広めることを通じて、公共善との向き合い方を深めていきます。

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