『公共善エコノミー』人と地球を優先する経済システム

2023 / 3 / 27 | カテゴリー: | 執筆者:近藤 圭子 Keiko Kondo

昨年12月、ある本が出版されました。その名は『公共善エコノミー』(クリスティアン・フェルバー 著、池田憲昭 訳 /鉱脈社)。公共善エコノミー(Economy for the Common Good)とは、2010年にオーストリアから始まった運動で、欧州や南米にも広がりを見せているそうです。日本の企業、特に中小企業に知ってもらいたいという考えから翻訳を行った、ドイツ在住の森林コンサルタント池田 憲昭さんにお話をお聞きしました。

 公共善エコノミーとは?

市民、企業、公益団体や自治体が参画している国際的な社会運動。「利益」より「人」と「地球」を優先する経済システムのこと。この運動では、「公共善(コモングッド)」に対する企業の貢献度を見える化するツールとして「公共善マトリクス」による「公共善決算(バランスシート)」が開発されている。決算により取り組みが数値化されることで、人々は企業の貢献度合いを見て、比較し、優先的な購買等の行動に移すことができる。また、税優遇等の措置や公共調達での加点等の仕組みに使われる可能性も見据えられている。

公共善マトリクスのバージョン1.0は、2010年、オーストリアの市民運動Attac(アタック)に参加する約15の中小企業によって開発された。その後、運動は欧州や南米に広がり、各国の市民、企業、研究者等の声を踏まえたボトムアップによる改訂が続けられている。現在はバージョン5.0。世界35カ国に171の地域グループがあり、会員は約4500人・団体。そのうち企業は3000社ある。

Economy for the Common Good(英語)  https://www.ecogood.org/

公共善エコノミーについて詳しくは『公共善エコノミー』(クリスティアン・フェルバー 著、池田憲昭 訳/鉱脈社) をご参照ください

書影「公共善エコノミー」


お話:池田 憲昭さん

1972年 長崎県佐世保市生まれ。ドイツ在住26年。ドイツ語学文化(岩手大学)と森林環境学(フライブルク大学)の知識をベースに、2003年より、森林、農業、木造建築、再生可能エネルギー、地域創生などをテーマに、欧州視察セミナーのコーディネートやコンサルティング、日独事業のサポート、執筆、と多面的に活動中。異文化コミュニケーションセミナーのトレーナーとしても、日独企業の良好な共同作業を支援。2010年より、ドイツの森林官らと、日本の森林事業の実践的なサポートとコンサルティングを行なっている。
https://www.arch-joint-vision.com
https://note.com/noriaki_ikeda

聞き手:近藤 圭子


 

いけだのりあきさん

池田憲昭さん(オンラインで取材しました)

公共善エコノミーは、未来に向けた新しい経済のコンセプト

公共善エコノミーは、中小企業が主体となって進めている運動だと伺いました。日本の中小企業が「公共善エコノミーとは何ですか?」と尋ねたら、池田さんはどうお答えになりますか?

簡単に言えば、未来に向けた新しい経済のコンセプトです。「経済とは何か」を再定義するボトムアップの運動だと言えます。

「経済とは何か」とはどういうことでしょうか?

今の経済は、数字のマジックに陥っている面があるのではないでしょうか。公共善エコノミーは、資本主義でも共産主義でもない考え方です。経済とは本来、何のためにあるのか。それを実践するために、今の社会の枠組みをどのようにして変えていかなければならないのか。金融システム、教育、デモクラシーなど分野ごとの考え方と具体的な処方箋が、書籍に記されています。そして、公共善エコノミーのコアには、人間尊厳の理念があります。

「公共善マトリクス」や「公共善決算」を見ると、公共善エコノミーとは経営のための”ツール”なのかと思いました。しかし、そうではないと。

はい。公共善エコノミーの創始者、クリスティアン・フェルバーは、政治学、心理学、社会学、文献学などを修め、1つの事象をいろんな学問から多角的に見る必要があると考えていました。エコノミー(経済)の語源は古代ギリシア語の「オイコノミア」ですが、この言葉は「oikos(家)」と「nomia(規範)」から来ています。家の道徳規範、つまり家計です。では家計は何のためにあるのか。家のみんなが幸せに生活するためです。経済は本来、幸せのために、自分たちで作っていく枠組みのこと。公共善エコノミーは、何のために経済があるのかを考え抜き、さまざまな分野を包摂したホリスティックな運動となっていると思います。

公共善マトリックス5.0。縦軸はAサプライヤー、Bオーナーとファイナンスパートナー、C従業員、D顧客と他企業、E社会環境。横軸は1人間尊厳、2連帯と公正、3環境持続可能性、4透明性と民主的決議

公共善マトリクス5.0

未来のモザイク図。中心に主権者デモクラシーの円。周囲には花びらのように健康、教育、お金、経済、農業、エネルギーとエコロジーが広がっている。公共善エコノミーは経済の中の一つに位置づけられている

フェルバー氏提唱の「未来のモザイク」。公共善エコノミーは右側にある「経済」の中に位置づけられている

 

ドイツ企業への訪問で知り、日本に紹介したいと翻訳

 池田さんは公共善エコノミーにどのようにして出会ったのですか?

私はこれまでコンサルタントとして、日本企業、特に中小企業のドイツ視察をコーディネートしてきました。2019年、岩手県中小企業家同友会が欧州に視察に来たときに、フライブルグの「タイフーン」という豆腐メーカーを訪問したのです。タイフーンは、ドイツの豆腐シェアNo.1の会社で、100%有機認証の豆腐を製造しています。同社によるレクチャーで、公共善エコノミー運動に参加していることを知り、興味を持ちました。

そうして『公共善エコノミー』の原著を読まれたのですね。

そうです。2020年に新型コロナが流行し、視察コーディネートの仕事が難しくなりました。時間ができたので、自分の本(『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』)を書こうと、準備を進めることに。いろんな本を読むなかで、『公共善エコノミー』を読み始めたのです。

『公共善エコノミー』は、第1章で「幸せとは何か」、幸せや豊かさにつながる人類共通の価値について書き、資本主義市場経済システムの問題を明快に分析しています。そして第2章以降で、あるべき経済の姿、すなわち万人が幸せに豊かになるための経済システムについて、具体的かつ包括的に書いています。この深く包括的な洞察に感銘を受け、この意義ある本を日本に紹介したいと思ったのです。公共善エコノミーは中小企業が主体となる運動です。私自身、ずっと中小企業を応援してきていますが、この運動は日本に新たな息吹をもたらすのではないかと期待しています。

日本の中小企業が参加するとしたら?

日本の中小企業が公共善エコノミーに参加したいと思ったとき、どんな方法があるでしょうか?

いろいろな取り組み方があると思います。今、公共善エコノミーを推進する団体「Economy for the common good」の会員4500人・団体のうち、企業は世界で約3000社です。そのうち約1,000社がすでに、公共善決算を作成し、公表しています。

「公共善エコノミーの考え方が面白いから、会員として参加して勉強してみよう」というステップから入り、いずれ公共善決算の実施に踏み出す企業もあるでしょうし、いろんな関わり方があります。

中小企業が取り組むとき、トップのリーダーシップが大切な一方で、社員がどれだけこの概念に納得できるかも、ポイントになるのではないでしょうか。公共善マトリクスを目にすると、つい短絡的に、企業経営の指標として捉えてしまいそうですが、背景にある哲学を理解することが欠かせませんね。

それは時間がかかることだと思います。正直なところ、この本を読んだだけでは腹落ちしないのではないでしょうか。私も、何度も繰り返し読んで、翻訳しながら学んで、講演会に参加して…と続けるなかで、ようやく自分の中に落ちてきた感覚があります。社員は公共善決算を作成・実践、改善する作業のなかで、その哲学を含め、より深く学んでいきます。

企業同士がお互い学びあうことも、意味がありそうです。ドイツでは、公共善エコノミーに参加する企業同士のつながりはあるのですか?

ドイツに限らず、公共善エコノミーには「エネルギーフィールド」と呼ばれる地域グループがたくさんあります。そこには、企業や市民、学者など、この概念に関心のある人たちが参加していて、意見交換したり、学習会を行ったりしています。

日本らしい形の公共善エコノミーを

地域グループはどれくらいの広さの地域を対象にしているのですか?

車や電車で1時間で行けるくらいのエリアだと思います。今はオンラインで集うこともできますが、講演会や交流会などで、日帰りで顔を合わせられる程度の距離感が理想的ではないでしょうか。また、州支部や全国を対象とする支援組織も設けられていて、いずれもティール組織を志向し、ボトムアップの運動を展開しています。私も参加していますが、フラットで活発な意見交換がされる、興味深い組織です。

とはいえ、日本企業にとっては、言葉の壁がありますね。

 そうですね。実は私は今、スピーカートレーニングを受けているところです。研修と試験を受けて認定されれば、オフィシャルスピーカーとして日本語で、公共善エコノミーについて研修を提供できるようになります。

これから日本にも、公共善エコノミーの地域グループや全国的な支援組織が生まれ、国内各地で運動が盛り上がっていくことを期待しています。日本企業のなかにも、”公共善エコノミー的な”経営をしている企業は数多くあるでしょう。この本をきっかけにさまざまな議論が起こり、万人の幸せを追求する公共善エコノミーが日本らしい形で発展していくのがいいと願っています。私もそのために、日本の企業と対話を続け、取り組みを広げていきたいと思います。

 

動画「What is the Economy for the Common Good?」(英語)

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