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Interview: 日本企業のダイバーシティマネジメントの今とは?
インタビュー日時:2015年2月2日
お話:
木谷 宏
麗澤大学経済学部教授
聞き手:小林一紀(エコネットワークス)
【はじめに】
日本における「女性活躍推進」「ダイバーシティマネジメント」は、今どのような状況にあるのでしょう。
企業レベルで進めるときに、一筋縄でいかない理由とは。
経営の視点から、個人の働き方の視点からすべきこととは。
『社会的人事論 年功制、成果主義に続く第3のマネジメントへ』(2013/3 労働調査会)の著者であり、CSR(企業の社会的責任)の潮流を踏まえて新たな人事論を提唱されている麗澤大学経済学部の木谷宏教授にお話を聞きました。
インタビュー
●木谷教授は「ポジティブ・アクション実践的導入マニュアル」(厚生労働省)の作成検討委員会で座長を務められ、国と企業の取り組みを様々な角度からご覧になっていて、この数年の「女性活躍推進」の状況と課題についてどのように俯瞰されていますか?
国(政府)や企業レベルで色々な取組みは進んでいますが、大きな構造は変わっていません。
「女性活躍推進」をめぐるプレイヤーを、1. 国(政府)、2. 企業経営者、3. 当事者、4. 同僚・男性上司 として、その思いや目的を見ると、プレイヤーの足並みは揃っていません。
例えば、国(政府)の思いとしては、労働力不足を踏まえ、女性を労働力に取り込んでいきたい。これは経済成長・税収につながります。
企業経営者の思いは主に3つのパターンがあります。「女性活躍が競争力につながる」、「なんとなく」、「本当はいやだが仕方ない」。はっきりと「競争力になる」と考える会社はほんの一部で、主に女性向けサービス、女性が多数を占める職場、外資系企業です。他のところはそこまで切迫感がなく、背景としては「質」としては足りていないが「量」としては足りてしまっている現実もあるようです。
では当事者の働く女性の思いは。男性に負けずばりばり働きたいという「スーパーウーマン」もいるし、より冷静にバランスを取りながら「様子見」をしている女性たちもいるし、またあえて家庭に入ることを選択する女性たちもいる。それぞれ2割、6割、2割といった割合でしょうか。
同僚・男性上司では、現在30代の若い世代はその大切さや難しさをわかっている。一方で、その上司の層の世代は、一生懸命に長時間労働で働いてきてその中で評価されてきたわけで、若い世代をどうマネジメントしたらいいのか体験的につかみかねているところもある。
このように、各プレイヤー、また同じプレイヤーの中でも思いはバラバラなのです。この構図はこの数年変わっていないのではないでしょうか。
●そのベクトルが揃っていって初めて社会全体での変化が想定できるのですね。
それには一定の時間がかかるかもしれませんが、企業レベルでは実際にどう進めていったらよいのか。企業ではいま様々な制度の導入が進んでいますが、意識や風土、業界の商慣習などを変えることの「難しさ」にも直面しています。危機感を抱く企業が、改革を進めていくためのカギはどこにあるでしょうか。
カギは、「日本企業にとってなぜ女性活躍推進、ダイバーシティマネジメントがものすごく難しいか」いうことを認識することです。
日本的経営の(高度成長までの)成功要因には、「勤勉さ」、「護送船団方式」などの他に、ヒトの「奇跡的な同質性」からくるマネジメントコストの安さがあります。
奇跡的な同質性とは、つまり同じ
・言語(日本語)
・生活様式
・価値観(会社人間)
・儒教的考え方(男性中心・家父長的)
・個人主義より集団主義(奉仕)といった点にあり、他国・地域と比較すれば
この同質性は奇跡的であるとすら言えます。これらにより、男性・正規社員中心・長時間労働の働き方が成立していました。
しかし人口構造や社会の変化により、この「奇跡的な同質性」は幻想になりました。
これからは性別、家庭(子育て、介護など)はじめ、国籍・文化、個人の様々な選択など、
一人一人が違うこと、状況が変化することが前提になります。ただしこれを手放すことは、過去の「コアコンピタンス」を手放すこと。
つまり、とてもめんどうくさい、コストのかかることなのです。
これをどれだけの企業が認識し、本気になっているでしょうか。
経営者に突きつけられているのは、「コアコンピタンスであった『奇跡的な同質性』」を捨てる覚悟があるのか」という問いなのです。経営としては、実は個人はバラバラであるという認識から、
いかに共有できる価値をつくるか、が大事になってきます。
●「奇跡的な同質性」とは、まさにその通りだと思いました。
この幻想を一度手放すとすると、これまでのやり方を一度手放すことになる。
経営としては、一時は「生産性」を落ちることを受け入れた上で、
長期的にいかに生産性を高めていくか、ということですね。
一方、働く個の視点からは、「いかに働くか」が大きなテーマになってきました。
ロンドン大学リンダ・グラットン教授が書いた『ワーク・シフト― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉』が日本でも注目されました。
「女性活躍」「ダイバーシティ」といった課題と、「個人と組織の新たな関係性」といった課題は重なってくると思うのですが、木谷教授はどう見ていらっしゃいますか?
企業というものは、社会的機関としての歴史はそれほど長いわけではありません。
ここまでは、働く個人は一つの企業に所属し、
企業の側にもその個人の「生涯を保障する」ことがビルトインされてきました。
それは、一つの組織と結婚する「夫婦制」といってもよいかもしれません。しかし、オープンイノベーションやクラウドソーシング、サプライチェーンマネジメントを通した、企業の垣根を超えた価値創造が広がっているように、「企業」の垣根はいまや過去ほどはっきりしたものではなくなりつつあります。
同時に個人の方も「仕事の幸せ」だけでないトータルな幸せとしてワークライフバランスを考えるようになってきました。
これらを踏まえて、今後は、企業も個人も、「個人の属性」を必ずしもまるかかえ・「結婚」させずに、「個人の能力」だけを調達・提供するようになっていってもおかしくないのです。
その上で私は「小さなプロフェッショナル」という考え方を提唱しています。
人を育てる責任者は誰かといったときに、3つの主体があります。欧州であれば「国」、米国では「個人」、日本では「会社」がその主な責任者と見られてきました。しかし日本で企業が責任を果たしていたのは高度成長までで、現在は必ずしもできていないことを示す研究結果もでています。
これからは、会社に頼らず、個人が主体となって小さなプロフェッショナルとなっていく。そして会社もそれを認め、サポートすることが大事になっていくはずです。
こうした「会社と個人の関係性」の変化を捉えて「女性活躍推進」や「ダイバーシティ」の取組みを組み立てていく必要があるのです。
エコネットワークスでも「個と組織の関係性」は常に中心テーマです。今回木谷教授の視点をお伺いし、益々、ダイバーシティや働き方、個と組織の関係、ネットワーク型経営、そしてサステナブルといったテーマの広がりに関心を深めています。