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地域をより持続可能にする「オンライン市役所」
連載「オンラインコミュニティの可能性」では、サステナブルな社会につながる活動をおこなっているオンラインコミュニティ※の運営者に、実際の様子や効果、未来につながる可能性を聞いていきます。第2回のゲストは、公務員のためのオンラインコミュニティ「オンライン市役所」の運営を担当している屋敷 昌範さんです。
※「オンラインコミュニティ」とは
あるテーマに興味のある人たちがオンラインで集まり、議論や情報交換をする場です。こうした場は、異なる組織・立場の人が出会い、交流する機会になっています。詳しくは第1回の記事をご覧ください。
第1回 オンラインコミュニティが、サステナブルな事業の推進力に
お話を伺った方:屋敷 昌範さん(オンライン市役所・運営担当)
オンライン市役所の立ち上げ時から、事務局の運営担当として参画。昨年度はSDGsの推進を担い、さまざまな企画を立案、実施した。富山市役所に勤務する公務員でもある。
執筆:曽我 美穂
富山県在住のエコライター、エディター。ENWではプロジェクトマネージャーや、コミュニティ事業「TSA」のお世話役を務める。屋敷さんとは富山県内をめぐるSDGsツアーに参加したときに出会い、仕事への情熱に感動した。
1,200以上の自治体・省庁の公務員が集まる場

屋敷 昌範さん
-まずは、オンライン市役所の概要を教えてください。
オンライン市役所は、全国の公務員で運営する、現役公務員限定のオンラインプラットフォームです。全国の総数の約3分の2にあたる1,200以上の自治体や省庁から、約5,600名の地方公務員・国家公務員が集まっています。新型コロナウイルス感染症が日本に広まりつつあった2020年4月に、活動をスタートさせました。
-公務員が集まる場としては、世界にも他に例がない大規模なオンラインコミュニティですよね。どのようにして始まったのですか? 設立までの経緯を教えてください。
設立の背景には、47都道府県の国家公務員と地方公務員の有志が集まる「よんなな会」の存在があります。よんなな会は、結成当時総務省に勤務しており、現在は神奈川県庁に出向している脇 雅昭さんの呼びかけで2010年に始まった団体です。
発足のきっかけは脇さんの「日本にいる338万人の公務員の志と能力が1パーセント上がったら、世の中はめちゃくちゃ良くなるんじゃないか」という思いです。この思いに共感した公務員が集まり交流会を開くようになり、次第に毎年500人以上が参加するイベントになりました。私は東京に出向していた平成30年度に初めて参加し、それ以来、自分にとって大切な場になりました。
ただ、続けていく中で、よんなな会の運営メンバーの中で疑問が浮かぶようになりました。それは、参加者がイベント後に職場に戻った後、どうなっているか。高まったモチベーションは維持できているのか、仕事にはつながっているのかという問題です。モチベーションを維持したり、仕事につなげるためには日常に落とし込む仕組みが必要なのでは、という議論になりました。そこで、オンラインでつながり、日常的にノウハウや課題を共有し解決策を探っていく場としてオンライン市役所を立ち上げることになりました。
参加条件は「公務員であること」のみ
-オンライン市役所の参加方法や、運営の仕方を教えてください。
参加希望者には、オンラインのフォームに記入したうえで、オンライン市役所のFacebookグループに参加申請をしていただいています。フォームの内容を事務局が確認し、承認する流れです。参加費はありません。運営は、全国の公務員有志がボランティアでやっています。Zoomや動画配信アプリの使用料、ウェブデザイン費などの費用は、活動に賛同してくださっている参加者や民間企業からの支援者から任意でサポートしてもらっています。
-具体的には、どんな活動をしているのですか?
オンライン市役所のFacebookグループにおける投稿は参加者なら誰でも活用でき、全国の公務員が課題やナレッジを共有しています。また、「庁内放送」という定期的なオンライン配信、「自主ゼミ」などがあります。庁内放送はほぼ毎日行っている動画配信で、オンライン市役所のFacebookグループに参加している方だけが見られます。パーソナリティも講師も、基本的には、外部から呼ぶのではなく、参加者にお願いするスタイルにしています。日頃抱える疑問や悩みの解決に直接的につながるものとして、「行列のできるオンライン相談所」という放送があり、参加者からFacebook投稿に寄せられた疑問や悩みに、その分野に詳しい人が答える形式で進めています。土曜に配信している「魅力発見!地元旅」という、全国各地の公務員さんがその地域に住んでいるからこそ知っているおすすめスポットや食べ物、素敵な地元の人などを紹介する放送も好評です。「新規入庁者いらっしゃい!」という放送は、新しい参加者がコミュニティになじむきっかけになっています。

庁内放送の案内画面
庁内放送はアーカイブに残し、好きな時に見られるようにしています。公務員には、まるで転職のような、全く未経験の分野の部署に異動になることが多々ありますが、アーカイブには、さまざまな分野のベテラン経験者が「初めて担当者になったらおさえるべきポイント」などを伝える基礎講座があるので、多くの方の助けになっているようです。私も、この春財政課に異動となり、アーカイブを見て仕事に役立てています。
自主ゼミは個人のやりたいから始まる、共通の関心や課題感を持つ仲間がつながるグループです。仕事直結型、共通スキル育成型、趣味サークル型があり、定期的に情報交換をしています。現在のところ、こんなテーマがあります。
【仕事直結型】
・生活保護について支えあう自主ゼミ
・固定資産税何でも聞ける自主ゼミ
・IT初心者が自治体DXに対応する方法を学ぶ自主ゼミ
・都市計画のゲンバ自主ゼミ
【共通スキル育成型】
・伝わる色・デザインについて語り合う自主ゼミ
・事務職だけど社会福祉士を目指す自主ゼミ
【趣味サークル型】
・産休育休仲間をつなぐ自主ゼミ
・ラーメンマップ作成自主ゼミ(それぞれが好きなラーメンをマップに落とし込み、全国の公務員が好きなラーメンのマップを作る)※過去にあったもの
この他に、同じ都道府県内の公務員同士のメッセンジャーグループを作り、オンラインやリアルでの交流を図ったり、年度末の御用(仕事)納め後に朝から夜までオンラインイベントを開催したり、税の研修会や公務員の活動を応援するイベントなどを開催したりしています。
-活動は、硬軟織り交ぜた幅広いテーマでおこなっているのですね。
はい。仕事に直結する内容はもちろん大切なのですが、それぞれの好きなことや興味を通じた交流で信頼関係を築くことも、心理的安全性を確保するうえで重要だと考えています。
大切なのは、心理的安全性と参加者の思い
-心理的安全性は、オンラインコミュニティでは特に大切ですよね。心理的安全性についてもうひとつ、質問させてください。活動で、お互いの経験を共有し成長し合うことは素晴らしいと思うのですが、一方でそれぞれの守秘義務もあると思います。そのあたりはどう対応していますか?
参加者一人ひとりが「個人情報や、場所が特定される内容は伝えない」「共有できる範囲で話す」という認識を持って行動していただいているものと考えています。これまでもそういった守秘義務にあたる内容のことで問題になったことはありません。気になる方には匿名で投稿や相談ができるようにしています。
-参加方法については、参加者の義務は特になく、すべて個人の自由参加のスタイルになっていますが、全員が積極的に参加している状況ですか?
どれだけアクティブに参加するかは、個人の判断に任せています。実際に投稿したり、庁内放送のパーソナリティをしたり、ゼミやイベントに積極的に参加して発言する方だけが増えればよいわけではありません。放送や投稿を見るだけでも大切な参加という風に考えています。
-運営側がそういったスタンスだと、参加する方もプレッシャーを感じずに済みますね。
日々の活動を、よりよい社会の礎に
-活動が社会をよくすることにつながっているな、と特に実感したエピソードをぜひ教えてください。
今年1月に、税部門において新人の方が一番つまずく業務に関するオンライン研修を行ったのですが「これまでは伝聞で引き継がれてきたことを、体系的に教えてもらって助かった」という声などが聞かれました。
扱いが難しいケースが発生することもある生活保護関連の業務について、参加者同士が経験や事例を共有し、学び合う場も好評です。「全国の公務員が同じように課題に向き合っていることを知るだけでも心強い」「安心感を得られる」という声もいただいています。
私たちの活動の中で最も反響が大きかったのは、新型コロナウイルス感染症のワクチンの接種体制に関する情報交換会です。誰も経験したことのない全国の自治体の共通課題であり、日々状況が変わることから、ピーク時は毎週末の夜に開催しました。集団接種のレイアウトや手順のノウハウ、ワクチン業務に関連するシステムの仕組みなどを共有し、多い時には500人が参加し、テレビ局や新聞社などのメディアからの取材も受けました。最近では、ノウハウをオンラインで共有し合った東京都小笠原村の方と大阪府羽曳野市の方が初めてリアルで会い、感謝を伝えあったという話を聞きました。このような関係性が築かれたのも、とても素敵なことだと思います。

ワクチン情報交換会の様子
私も、ここでの活動が仕事をする上でのスキルアップにもつながっていると実感しています。庁内放送のパーソナリティをやっているのですが、その経験のおかげで、通常業務の一環でラジオ局の取材を受けるときや、イベントの司会をする時にもスムーズに話せていると感じます。
-オンライン市役所は、公務員の皆さんの力となり、日々の業務にもつながっているのですね。最後に、今後オンライン市役所としてやりたいことを教えてください。
直近の一つの目標は、コロナワクチン関連の取り組みの情報を整理して残すことです。将来的に新たな感染症の対策を実施する時に役立ててほしいです。他には、参加者のみなさんのやりたいことを共有し、応援し合う場づくりや、気楽に好きなテーマについて話す「夜カフェ」の開催、仕事のノウハウを伝える講座のより一層の充実にも取り組んでいきたいです。今後も、多くの公務員仲間の皆さん、そして、地域の力になれるよう活動していきたいと思います。
【インタビューを終えて】「心理的安全性」と「参加」の定義
オンライン市役所の運営について特に素晴らしいと感じた点は、下記の2点です。
オンライン市役所は参加人数が約5,600人と多いですが、公務員という参加条件や匿名での投稿ができる仕組み、仕事以外のテーマで集まる場を通じて「心理的安全性」を確保しています。事務局側のきめ細かな工夫に感銘を受けました。
一般的に「参加」と聞くと、コミュニティ内のイベントに積極的に参加し、発言や投稿をしている姿を思い浮かべがちです。これに対しオンライン市役所では、リソースを見るだけの方も「参加している」と捉えている点が印象的でした。このような形にすることで、さまざまなモチベーションの方が参加しやすくなり、「日本にいる338万人の公務員の志と能力が1パーセント上がり、世の中がもっともっと良くなる」という状況が作り出せるのではないか、と感じました。
公務員同士がつながり、お互いの学びを共有、実践しあう。それにより地域がどんどん元気になっていく。すでに始まっているこの動きがさらに広まっていくのが、楽しみです。