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【身近にあるコモンズ】フィンランドの「自然享受権」
今や世界でも広く読まれている経済思想家、斎藤 幸平氏の『人新世の「資本論」』や松本 卓也氏との共編『コモンの「自治」論』で、問題解決のキーワードとして提案されている「コモン」。これは共有財・公共財とも呼ばれ、みんなで一緒に管理・使用しているもの・ことを指すのですが、同書の中では地球を「コモン」として持続可能にみんなで共有、管理することで初めてサステナブルな世の中が実現すると述べられています。
実は公民館や図書館、共同運営の生協(COOP)など、すでに「コモン」の仕組みは国内外で数多くあります。そこで、エコネットワークス(以下、ENW)では世界各地にいるENWパートナーに声がけをし、それぞれの身近にあり、実際に参加している「コモン」を紹介するコラム「身近にあるコモンズ」の連載を始めました。初回「共有廊下から考える『コモン』」、第2回目の「みんなで育むコモンズの森」、第3回目の「失われつつある?『ベンチ』というコモンズ」に続く第4回目は、フィンランドの「自然享受権」についてです。
フィンランドの「自然享受権」
執筆:藤原斗希子
フィンランド在住。主に企業の情報開示業務の支援に携わっている。
フィンランドに住んで約10年。自分の生活と自然環境は切っても切り離せない関係にあります。フィンランドは「森と湖の国」という代名詞があるぐらい、自然が豊かな国です。日本とほぼ同じ国土面積でありながら、その約75%が森林で覆われ、約18万の湖があります。私の自宅も、5分も歩けば2つの森に入ることができるぐらい、自然環境が身近な場所にあります。
こうしたフィンランドの自然環境や原生地域へのアクセスに関しては、「自然享受権(「Jokaisenoikeus」 フィンランド語)(「Everyman’s right」 英語)」という権利があります。これは土地の所有者や管理者に関係なく、誰もが自然を利用できる権利を指します。この権利の範囲内で自然環境を享受する際は、土地所有者の許可は必要なく、権利を利用するためにお金を支払う必要もありません。
この権利はフィンランドのほか、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧諸国やオーストリア、チェコ、スイスなどの中欧諸国、エストニアをはじめとするバルト三国などにも存在しています。なぜこのような土地にこのような権利が存在しているのでしょうか。それは、ヨーロッパの多くの国々で放浪の自由(Freedom to roam)があったからだと言われています。かつてこのような自由は一般的な規範であり、何百年もの間に実践を通じて獲得され、現在ではこの権利が法律で成文化されているところもあります。
では、実際にどのような権利が行使できるかを見てみましょう。
日常の通行路
森林、牧草地など自然区域内ではウォーキングはもちろんのこと、サイクリングや乗馬、そして冬はスキーまで楽しむことができます。ただし、地形への害を及ぼすことがないように注意が必要です。
乗馬歩行を含めて、誰でも歩行可能な自然区域内の標識。犬のマークに赤線があるのは、冬場の犬の散歩は禁止、という意味で、冬場はスキーヤーのみ歩行可能です。
自宅近くの森の道。この道と並行して車道と歩道がありますが、森を散歩したい時などはこちらの道を使います。
スーパーフードのめぐみ
野生のベリー類やキノコ類は、保護種以外であれば、どこでも摘むことができます。私は森の散歩中にちょっと喉が乾いたり小腹が空いたりしたら、至るところにあるベリーをいただいています。近年は気候変動の影響で豊作年が多く、7月〜8月中旬ぐらいまで摘み取ることができます。9月〜10月は、キノコ採りのシーズンです。ただし品種が多く毒キノコも多いため、キノコに詳しい人と一緒に採ることを推奨します。ちなみに、摘み取ったベリーやキノコの販売収入は非課税となります。
太陽のエネルギーを受けて、ひと粒ひと粒がよく熟しています。
今年も豊作で、合計3リットルぐらいの収穫! 上から時計回りにビルベリー(野生ブルーベリー)、クロウベリー(ガンコウラン)、コケモモの3種。自宅でパイやジャムを作ったり、毎日のサラダやヨーグルトに入れたりして森のめぐみをいただいています。
上のベリー摘みの近辺にキノコも豊作。でも種類がわからず、撮影のみで退散しました。
キャンパーに嬉しい権利も
「自然享受権」には、森や原生地域の移動許可域内での一時的な滞在として、テントやキャンピングカーで滞在する権利も含まれています。その際、キャンプ用のストーブや携帯式ヒーターなどの火おこしもできるので、トレッキング中の休憩や食事も楽しめます(ただし、たき火は制限区域内のみ可)。
また、「Laavu(ラーブ)」という小屋のような建物が設置されているところもあります。これはアウトドア活動やキャンプの際の一時的な休憩所や、急な悪天候の際の簡易的なシェルターとして利用される建物です。一般的には、小屋の近くに薪と火おこし場所が用意されているので、ここに来た人は誰でもお湯を沸かしたり、簡単な調理ができます。なお、小屋の使い方も「すべての人の権利」に基づいているので、残った薪を置いて行ったり、ゴミは持ち帰ったりするなどのマナーが徹底されています。
こちらのラーブはやや立派な小屋。中には腰かけるところもあり、手前に火おこしの場所があります。
近くに「POLTTOPUUT(ポルットゥプゥット)」と呼ばれる薪の置き場があります。ここから薪木を取って火おこしをします。
薪木の準備中。「Puukko」(プゥーッコ)と呼ばれるフィンランド・ナイフで火おこしの準備をします。2,500年以上も前から狩猟の際などに使われていた日常生活に欠かせないナイフです。
トレッキングの途中、火おこし場所でソーセージを焼いて食べるのがフィンランド流。その後コーヒーも淹れてひと休み。
また「Lintutorni(リントゥトルニ)」が設置されているところもあります。ここでは、鳥の観察をしたり高台からの景色を眺めたりして、自然を楽しむことができます。
この「Lintutorni(リントゥトルニ)」はかなり簡素な作りで、最上段の足元はかなり不安定でした。
ウォータースポーツも自由に楽しめる
湖や川での水泳はもちろんのこと、釣り(一部の地域では制限あり)やボートも楽しむことができます(ただし、モーターボートやジェットスキーは不可)。冬には氷上歩行、アイスフィッシング、そして「Avanto(アヴァント)」 (サウナと氷結した湖を行き来する「寒中水泳」)も楽しめます。
今年の夏休みには、ボートであちこちの小さな島をめぐりました。
未来につなげたい「自然享受権」
冒頭でお伝えしたとおり、フィンランドに10年住んでいると、こうした習慣は日常化しているので当然のこととして享受しています。今回改めて「自然享受」とは何かを歴史的な背景を含めて振り返る中で、後世の人々や生態系を含むすべての生き物のために、現在の自然への配慮・維持・管理することの重要性を感じました。それをここフィンランドで実現するには、自然をすべての人と平等に共有するという(暗黙知での)合意である「自然享受権」が必要不可欠です。これからも、この土地の自然の恩恵を受けながら、次世代に引き継いでいきたいと思います。
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