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【身近にあるコモンズ】失われつつある?「ベンチ」というコモンズ

(Photo by Miho Soga)
今や世界でも広く読まれている経済思想家、斎藤 幸平氏の『人新世の「資本論」』や松本 卓也氏との共編『コモンの「自治」論』で、問題解決のキーワードとして提案されている「コモン」。これは共有財・公共財とも呼ばれ、みんなで一緒に管理・使用しているもの・ことを指すのですが、同書の中では地球を「コモン」として持続可能にみんなで共有、管理することで初めてサステナブルな世の中が実現すると述べられています。
実は公民館や図書館、共同運営の生協(COOP)など、すでに「コモン」の仕組みは国内外で数多くあります。そこで、エコネットワークス(以下、ENW)では世界各地にいるENWパートナーに声がけをし、それぞれの身近にあり、実際に参加している「コモン」を紹介するコラム「身近にあるコモンズ」の連載を始めました。初回「共有廊下から考える『コモン』」、第2回目の「みんなで育むコモンズの森」に続く第3回目は、「ベンチ」をテーマにコモンズのあり方を考えます。
失われつつある?「ベンチ」というコモンズ
執筆:曽我 美穂
富山県在住のエコライター、エディター。ENWでは、プロジェクトマネージャーやコミュニティ事業「TSA(Team Sustainability in Action)」のお世話役を務める。
私が「身近にあるコモンズ」と聞いて思い浮かべるものは、誰でも気軽に座れるベンチです。しかし今、ベンチのあり方が変わってきています。
先日、東京都内にある新しい複合施設に行った時のこと。歩いていると違和感を覚え、まわりを見回してその理由に気づきました。座る場所が一つもないのです。座りたいなら、カフェやレストランなどに入るしかない。お金を払えない人はこの施設では椅子に座れないということなのか、と悲しい気持ちになりました。
同じような現象は、他の場所でも起きています。大きな駅の構内にある商業施設、いわゆる「駅ナカ」では、多くの店を出店させるため、ベンチの数が減っているそうです。さらに調べたところ、「排除ベンチ」という言葉を見つけました。これは、突起やバーをつけることで路上生活者が長時間座ったり寝転んだりできないよう工夫されたベンチのことで、新聞やニュースで社会問題として取り上げられています。
これを阻止しようという動きもあります。神奈川県平塚市では2023年に、市民の声に応える形で排除ベンチが撤去され、誰でも座りやすいベンチが新たに設置されました。2024年には新宿区の区立公園にあるアーチ状のベンチを排除ベンチだと指摘するネット記事に対し、新宿区長が写真付きのSNSで反論し、様々な意見が飛び交いました。
施設の方針でベンチを置かない、あっても長居できない「排除ベンチ」を置いている。これはコモンズの観点から見ると、大きな問題ではないでしょうか。「たかがベンチで、騒ぎすぎでは?」と感じる方もいるかもしれません。でもベンチは、休息の場やコミュニティのつなぎ役として、重要な役割を果たしています。これは私の実感ですが、皆さんも「そうそう!」と共感する体験をお持ちではないでしょうか。
ベンチは交流の場です。そこに人が座ると、周囲に人が集まり、会話が生まれます。また、一人の時間を愉しむ人にとっては疲れや孤独感を癒し、元気を取り戻す場としても機能します。まちづくりの観点からは、ベンチがあることでその地域に滞在する時間が長くなり、経済の活性化に寄与するほか、散歩中の人の歩行距離を伸ばしウェルビーイングを向上させている、という側面も見逃せません。
実際、ベンチは地域のインフラとして重視されています。ニューヨークでは2011-19年にベンチを2,000個設置するプロジェクトが進められました。まちづくりを行っている企業(株)グランドレベルは、2017年からベンチに人々がたたずむ新しいまちの光景をつくり出していく「JAPAN / TOKYO BENCH PROJECT」を始動。東京をはじめ日本各地で、ベンチを使いながらまちを再生するプロジェクトを進めています。
興味深い国内事例も見つけました。『Stanford Social Innovation Review Japan』の研究発表によると、国内で自殺率が最も低い徳島県海部町(現海陽町)では、江戸時代から続く建築様式「みせ造り」の「ベンチ」が路地にあって、住民の世間話の場となり、それがちょっとした悩みの相談につながり、「問題の早期開示と早期介入がうまく巡っている」状況をつくっています。
ベンチをめぐるあれこれを調べながら、私は富山市内のお寿司屋さんの前に置かれたベンチを思い出しました。大将に設置の理由をお聞きしたところ、散歩で通る人や、通学途中の小学生が座れるようにしたかった、とのこと。それを聞き「ベンチは思いやりの表現なんだ」と感じ、心が温かくなりました。
誰もが気軽に使えるコモンズとしてのベンチが廃れずに、むしろ増えていくことを心から願っています。私もそのために、声を上げていきたいです。

(Photo by Miho Soga)
【参照】
・東洋経済オンライン「駅ナカ、商業施設より『椅子』がもっと必要だ 」
・朝日新聞「増殖する『意地悪ベンチ』撤去を!公共の理念なき社会を変えるために」
・東京新聞「『排除ベンチ』の排除に初めて成功…野宿者支援に取り組む市議が平塚駅前ベンチ改修に込めた思いは」
・東京新聞「SNSで広がった『意地悪ベンチ』論争 排除の対象はホームレス?酔っぱらい?それとも…」
こちらの記事もご覧ください:
・コモンとしての森 これからの森林保護のかたち
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