ENW Lab.
教育格差だけなく、体験格差に目を向けてみませんか
エコネットワークス(ENW)が運営するコミュニティ、TSAでは「サステナビリティファンド」という仕組みを設けています。TSAに参加するパートナーが自身や社会のサステナビリティにつながる活動をしたいときに、資金面から取り組みを応援する制度です。
木村 麻紀さんはファンドを使って、長年にわたって子どもの貧困をめぐる課題解決につながるプロジェクトを展開する(公社)チャンス・フォー・チルドレン(CFC)による子どもの体験格差解消に向けた「子どもの体験奨学金事業『ハロカル』」の立ち上げ資金の寄付を行いました。
執筆:木村 麻紀
湘南在住。ENWでは企業のサステナビリティコミュニケーション支援をメインに、ENW内部の集合的な学び&交流の企画、ファシリテーションを行う。
地元で子どもたちの居場所を運営するNPO法人で活動していることもあって、個人的に以前からとても気になっていた「子どもの体験格差」という状況。一体どういうことなのか。それがなぜ、子どもにとってだけではなく社会全体としても影響の大きな問題なのかということをTSAパートナーの皆さんとも一緒に学べたらと思い立ち、シェア会を開催することにしました。同シェア会では、CFCでハロカルプロジェクトを担当する玉邑 詩織さんをゲストスピーカーにお迎えし、私たちにできることは何かについて考えました。
CFCの活動の原点は、1995年の阪神淡路大震災。その際、何かできないかと考えた大学生が子どもたちへの無料学習支援や野外活動の運営などの支援活動を展開し、2000年に前身となるNPO法人ブレーンヒューマニティーを設立しました。2008年のリーマンショックの影響で国内の子どもの貧困が深刻化したことを受け、新たなプロジェクトとして生活困窮世帯の子どもの学校外教育支援をスタートしました。2011年の東日本大震災後にCFCとして法人化。コロナ禍以降は東京圏でも活動するようになり、災害時は熊本県などでも緊急支援を行うなど、全国で活動を展開しています。玉邑さんご自身は、生活困窮世帯を支援するケースワーカーである母親の仕事をきっかけに、教育格差に関心を持つようになったのだそうです。
教育格差は放課後に生まれる
CFCのミッションは「多様な学びをすべての子どもに」です。貧困が世代を超えて連鎖しがちな結果、子どもの教育機会が失われ、学力・学歴に格差が生まれ、さらに職業選択の機会の格差に至る現状を問題視。子どもの教育機会にアプローチして、貧困の世代間連鎖を断ち切りたいという思いで活動しています。
そんなCFCがとりわけ注目するのが、教育格差が放課後に生まれているということ。公立中学生の教育費のうち学校外教育費は7割弱におよび、学校外教育費の支出額は世帯年収と相関性がある――。こうした現状を打開したいと始めたのが、子どもたちが学習・文化スポーツ活動などに参加する費用を支援する「スタディクーポン」でした。
スタディクーポンのメリットとしては、子どもの教育プログラムに使途を限定することで、子どものために確実に使ってもらえることです。また、クーポンの対象教室は一般に地域に開かれているので、子どもたちが周囲に経済困窮家庭であると知られることなくクーポンを利用でき、スティグマ(負のレッテル)を軽減することもできます。さらに、クーポンを提供するだけではなく、「ブラザー・シスター」という大学生ボランティアが電話やオンラインで本人や家族を定期的にフォローしたり相談に乗ったりもしているのは、素晴らしいことだと感じました。
2023年度はのべ約700人に対して、総額約1.6億円分のクーポンを支援しました。クーポン提供開始以来13年間の支援は、累計約6000人、12億円相当に達したそうです。ただ、支援を申請しながら受けられなかった子どもたちが直近でも600人以上にのぼっており、まだまだ支援額が足りていません。
体験への支出にも格差が
さて、CFCではスタディクーポン事業を続ける一方で、気になっていたことがあったそうです。「多様な学びをすべての子どもに」をミッションにしてきたにもかかわらず、スタディクーポンの使用先の多くは学習塾でした。これまでは緊急支援のニーズが高かったため、支援対象が受験生が中心になっていた現状もありました。自治体単位でスタディクーポン事業が政策として導入されるケースも広がってきましたが、対象を学習塾のみに絞るケースも少なくないそうです。
前身の団体で野外活動の企画・運営も行っていたことから、CFCとしては机に向かう学習だけではない幅広い学びの機会が子どもたちの豊かな育ちのためにも必要なのではないかと感じたといいます。そこで、スタディクーポンに加えて新たにスタートしたのが、子どもの体験奨学金事業「ハロカル」です。仕組みはスタディクーポンと同じ。ハロカル基金から電子クーポンを発行、スポーツや音楽・文化活動、キャンプなどの「体験」に特化して使えるようになっています。
プロジェクト実施に当たって、CFCは2,000人余の保護者に調査を行いました。それによると、年収300万円未満世帯の小学生のうち、約3人に1人が1年以内に学校外の体験(習い事、クラブ活動、日帰りのお出かけ、旅行も含む)が何もないことが分かりました。また、300万円未満世帯と600万円以上世帯では、体験への年間支出の差が約2.7倍にもおよびました。300万円未満世帯が体験を諦めたことがある理由としてもっとも多かったのは「保護者に経済的余裕がない」(約5割)、次いで「時間的余裕がない」「近くに参加できる活動がない」「精神的余裕がない」などでした。
「離婚で幼稚園から習っていたピアノをやめざるを得なくなった」
「『やりたい』と言われても経済的に無理なので、子ども自身が『無理だよね』と言って、以降何も言わなくなった」
保護者の方々のこうした声からは、無念を感じているであろう親子の姿が目に浮かぶようで、いたたまれない気持ちになります。
子どもたちの「豊かな育ち」とは?「文化」と「地域の大人」に出会うこと
体験奨学金プロジェクトを「ハロカル」としたのは、この奨学金が文化(カルチャー)との出会いと、地域の大人(ローカル)との出会いにつながればという思いからだそうです。クーポンの使用先の開拓に当たっては、各地域で活動を行う団体が「地域コーディネーター」を担い、地域とつながりながら進めています。CFCのおひざ元の東東京エリアでは、CFC代表の今井 悠介さんやスタッフが体験先となる教室を一軒一軒訪問して趣旨を説明、共感してもらった教室に利用先として登録してもらっているといいます。今夏に奨学金提供資金を集めるクラウドファンディングを実施したところ、518名から総額2,423万円の寄付が集まりました。
CFCでは今後、体験奨学金プロジェクトを現在行っている4エリア(東東京、岡山、沖縄、石巻)でしっかりと定着させるとともに、同様のスキームを他の地域にも広げていくことを目指しています。現在は長野市と経済産業省とも協働し、ハロカルのスキームを活かして長野市内の子どもたちの体験を後押しするプロジェクトを展開しているそうです。
お話の後のQ&Aセッションでは、参加したTSAパートナーから多彩な視点での質問やコメントが寄せられました。その一部をご紹介します。
Q.学習や体験活動は継続して経験できることが重要だと思う。奨学金は長い期間使う人が多いのか?
A.年に1回募集する分と継続する人の分に分けている。継続することが大切なので、継続分を把握した上で新規を募っている。
Q.こういう活動は(寄付など)資金が必要。子どもの貧困への関心は上がったけれども、貧困そのものを自己責任とする風潮がまだ日本には根強い。ずいぶん前の調査だが、日本と英国では貧困の自己責任や子どもたちに必要な体験についての認識に大きな差があってショックを受けた記憶がある。
A.正直なところ、CFCの既存の支援者の間でも温度差はある。学習支援は理解できるけれども、体験格差の重要性についての認識が広がっているとはまだ言えない。
Q.地域で英語を教えており、CFCがやっているようなことをやってみたいという思いはあったが、月謝を払っている人に対してどのように説明するか迷っていた。このような形なら、分け隔てなくできるのでいいなと思った。一方で、体験先の教室でパワハラなどの事案が出ないとも限らない。そのあたりはどうしているのか。
A.事業の趣旨や子どもの意思決定を大切にしているという私たちのミッションを説明して、共感していただけるかどうかで判断している。また、クーポンの使用先になった後も私たちとの情報共有に協力的な教室にお願いするようにしている。工数は増えるけれども、きちんとお会いして進めることによってできるだけそのようなことがないようにしている。
Q.貧困の連鎖や体験格差について、データでの紹介が分かりやすかった。日ごろから、数値化することを意識しているのか。
A.1つの事例だけをフィーチャーしたり、過剰な表現になっていないかは、広報として常に気を付けている。事例とデータのバランスを取ることも意識している。社会課題を事実として社会に訴えるため、体験格差も含めてここ数年は年1回団体として調査を行うようにしている。自治体での導入も進んでいるので、自治体にもきちんと説明できるように備える意味もある。
子どもの貧困や教育格差については社会の認識が深まり、子ども食堂や学習支援などの形で広がってきたものの、文化・スポーツを含む体験格差となるとまだまだなのだということを実感できた玉邑さんのお話。子どもたちの可能性に”投資しない”日本社会の未来はどうなるのか――。CFCをはじめとするNPOセクターだけでなく、社会全体として考え続け、子どもの可能性への投資を意識して続けることが必要だと改めて感じています。
今回、体験格差について触れることで、人生を豊かにするというのはどういうことなのか、日本の社会は果たしてどこまで豊かなのだろうかということも、個人的には考えさせられました。豊かさの定義は人それぞれ、何に豊かさを感じるかということも人それぞれ違いますが、子どもたちが自己決定できるということが豊かさの土台なのだということを、共通認識として広げられたらと切に思います。