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「アニマルウェルフェアを学ぼう」勉強会レポート
Photo by Mihai via AdobeStock
最近、日本でも耳にするようになってきた「アニマルウェルフェア(動物福祉)」。飼育下にある動物の幸せや人道的な扱いを実現するために、苦痛やストレスのない環境や方法で飼育することを意味します。肉や乳製品、革製品や毛皮、動物実験を伴う化粧品など、日々の消費や企業の生産に深く関わるテーマです。
エコネットワークスに関わるパートナーのプラットフォーム「TSA(Team Sustainability in Action)」で、アニマルウェルフェアを学ぶ勉強会を開催し、長年その普及に取り組む「NPO法人アニマルライツセンター」代表理事の岡田 千尋さんにお話を伺いました。
ゲスト:岡田 千尋さん
NPO法人「アニマルライツセンター」代表理事。日本全国のアニマルライツの行動ネットワークづくりや、衣類や食品として扱われる動物、動物園や水族館など娯楽に使われる動物を救うための活動に取り組む。ヴィーガンでエシカルな情報発信サイト「Hachidory」の運営も行う。
執筆:宮原 桃子
東京・世田谷区に暮らすライター。一人ひとりに社会を変える力があることを、さまざまな角度から伝えたい。
アニマルウェルフェアって?
NPO法人アニマルライツセンター代表理事 岡田千尋さん
岡田さんのお話は、まず「動物の権利(アニマルライツ)とは何か」から始まりました。
アニマルウェルフェアを考える前に、まず押さえたいのが「動物の権利(アニマルライツ)」です。本来動物は、人間に支配されることなく、生態や欲求、行動に基づいて「その動物らしくいられる権利(アニマルライツ)」があります。一方アニマルウェルフェアは、人間による支配・管理を前提にしながらも、飼育下にある動物への倫理的責任に取り組むものです。
本来的な動物の権利に立ち返れば、次のアニマルウェルフェアの基本原則は、ごく自然な考え方として捉えることができます。
©アニマルライツセンター
岡田さんは、ニワトリを例に「5.正常な行動ができる自由」について解説してくれました。
本来ニワトリは、夜眠る時に高いところに上る、砂浴びを楽しむ、えさを自分で探し採取するといった習性があります。こうした本来の行動ができない場合、大きなストレスとなります。上記すべての自由が保たれることで、動物が精神的・身体的に健全な状態でいられるんです。
夜眠る時に高い木に止まるのは、ニワトリが身を守るための習性 ©Martin Cathrae via Flickr
砂浴びを楽しむニワトリ ©アニマルライツセンター
世界最低ランクの日本 飼育の実態は
これに対し実際は、畜産動物はどのような環境で育てられているのでしょうか。岡田さんが語ってくださった日本の飼育実態は、驚くべきものでした。
日本の養鶏場における過密飼育。ニワトリ本来の高い所に止まる・砂浴びするなどの欲求・習性は満たされず、アニマルライツは尊重されていない。©アニマルライツセンター
世界動物保護協会(WAP)の動物保護指数(国別)によると、日本における畜産動物の保護に関する法規制はGランクと最低評価で、G7で最下位です。法的な基準が低い中で、日本のアニマルウェルフェアは非常に遅れているのが実態です。日本のブロイラー養鶏場の飼育密度の平均は、EU規制やグローバル大手企業の1.7倍。過密飼育の環境下で、ニワトリは運動ができず、高いストレスを抱えています。また、全身糞尿まみれの不衛生な状態で、炎症や感染症を引き起こしやすくなります。日本の養鶏場におけるサルモネラ菌汚染率は、米国やブラジルなどに比べても非常に高いことも分かっています。
過密飼育やバタリーケージ飼育が多い日本では、鶏肉のサルモネラ菌汚染率が非常に高い ©アニマルライツセンター
また、本来は150日かかるところを42日で成鳥にする、急激に太るようにするなど、過酷な品種改良が行われています。そのため、先天性異常を抱えるニワトリが年々増えているそうです。家畜の屠畜(とちく)方法についても、多くの国ぐにではガスなどを使って気絶させた上で屠畜することが義務化されている一方、日本では気絶なしの苦痛が多い屠畜方法が主流です。
©アニマルライツセンター
世界は一歩先へ ESG投資やグローバル課題などが背景
一方、世界では、さまざまな取り組みが進められています。岡田さんによると、欧米のKFCやユニリーバ、ネスレ、ダノンなどを含む483社が、アニマルウェルフェアを重視する「ベターチキン」へのコミットメントを表明(2021年11月時点)。また、2700社以上がケージ飼育の鶏卵を扱わない(ケージフリー)よう取り組むことを表明しています。タイ最大手食品企業のCP Foodsをはじめ、調達基準にアニマルウェルフェアを組み込む企業も増えています。
背景には、ESG投資の広がりがあります。畜産リスクを考慮する機関投資家イニシアチブ「Farm Animal Investment Risk and Return(FAIRR)」に参加する投資家の資産運用残高は、約47兆ドル(約5,444兆円)にも上ります。こうした動きを受け、グローバル企業150社を対象とするベンチマーク「Business Benchmark on Farm Animal Welfare(BBFAW)」によると、71%の企業がアニマルウェルフェアに関する目標を策定しているのです。
さらに、不衛生な過密飼育の環境から「人獣共通感染症」が発生しやすいという観点からも、世界ではアニマルウェルフェアへの取り組みが進んでいます(詳しくはこちら)。
カギは、大量生産・大量消費からの脱却
アニマルウェルフェアに長く取り組んできた岡田さんは、多くの人に考えてほしい本質的な問題があると語りました。それは「感受性・個性・知覚もある動物を、大量生産・大量消費している」ということです。
アニマルウェルフェアを実践する上では、短い期間・低コストで大量の家畜を飼育する「集約畜産/工場畜産」システムそのものを変える必要があります。世界では、年間804億頭もの家畜が屠畜され、増加の一途をたどっています。私たち一人ひとりが肉の消費を減らすことも、重要なカギを握っているのです。
増加の一途をたどる畜産動物の数 ©アニマルライツセンター
私たち消費者にできることは?
オンライン勉強会の様子
勉強会の後半では、消費者としてできることについて意見交換をしました。まずは「選ぶこと」。日本でもアニマルウェルフェアに配慮した「平飼い卵」が普及しつつある一方、肉はどれを選んでいいかわからないという声がありました。岡田さんからは、まず「ブロイラーではなく地鶏を選ぶ」というポイントの他に、「国産神話を見直す」という目から鱗のアドバイスがありました。
飼育密度の観点では、ブラジルやタイの飼育環境の方が良いため、ブラジル・タイ産を選ぶという方法も一つです。国産肉は、輸入飼料に頼っているために価格が高いという側面があり、値段が高い=いいものとは限らないとも言えます。
ただ、カーボンフットプリントの観点からは国産が良いなど、サステナビリティにもさまざまな観点があるため、総合的にどう判断すべきか迷うという声もありました。また、「平飼い」と謳われていても、実態は「密飼い」になっているケースや、「抗生物質不使用」とされていても、治療せずに放置というケースもあるそうです。こうしたことを考えると、飼育方法などの詳しい情報を開示するよう企業に求めていくことが非常に重要だと感じました。
参加者からは「自分が食べるものがどういうプロセスを経てきたのか、積極的に情報を求めていきたい」といった声が聞かれたほか、「植物性ミートにシフトするなど肉の消費を減らす」「家族をはじめ周囲に分かりやすく伝える」など、自分たちにできることを考える時間になりました。
今回の勉強会は「食肉」をテーマにしましたが、今後はファッションや化粧品などその他の分野も含めて、アニマルウェルフェアをさらに学び考える場を作っていく予定です。
人権尊重にも通じるアニマルウェルフェア 企業も消費者も意識改革を
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今後、アニマルウェルフェアがさらに広がる上で、企業も消費者も意識の変革が求められているように感じます。私は、岡田さんの講演の中で「人と動物の間で順位をつけず、差別をしない」という言葉にハッとさせられました。昨今、ビジネス界では、サプライチェーン全体での人権尊重が非常に重視されるようになっています。人権と同じように動物の権利(アニマルライツ)がある中で、私たちは消費する家畜などを無意識に自らの下に位置づけてはいないでしょうか。
動物も、私たち人間も、最後は命尽きる存在です。どちらも、生きている間に「尊厳を持って幸せに生きる権利」があります。そう考えた時、「食べてしまう家畜は、どう扱ってもいい」とは言えないのではないでしょうか。企業も消費者もその倫理的責任として、「アニマルウェルフェア」に取り組むことが求められています。
(宮原桃子/ライター)