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Interview:竹や木屑が肥料に? 「環境再生型農業」で循環型社会を目指す農業法人アフリット

房総半島の里山にある圃場(ほじょう)に立つ松本洋俊さん。多様な作物が生い茂るハウスの中は、まるで森のよう(Photo by Shin Nagahama)
近年、「環境再生型(リジェネラティブ)農業」という言葉を耳にする機会が増えました。これは自然が本来持つ力を活かし、農薬や化学肥料の不使用はもちろん、場合によっては耕起(土を耕す)さえ行わない農法を意味します。
食の安全や生物多様性の回復、さらには気候変動の緩和策としても期待を集める環境再生型農業。しかし普及には、明確な方法が確立されていない、品質と収量の両立が難しいといった課題があるという声も聞かれます。
こうした課題に対し、環境再生型農業の現場ではどんな取り組みを行っているのでしょうか。千葉県木更津市の農業法人アフリットを訪ね、代表の松本洋俊さんにお話を伺いました。
執筆:長濱慎
東京都在住のライター。主に企業やNGOの気候変動への取り組みを取材。今、気になるキーワードは「リジェネラティブ」で、農業や生物多様性にもフィールドを広げる。
竹や木屑を餌にする「真菌」の働きに着目
―最初に、アフリットで松本さんが取り組んでいる環境再生型農業の特徴を教えてください。
環境再生型農業には様々な方法がありますが、アフリットの特徴は農薬や化学肥料はもちろん、堆肥などの有機肥料さえも使わないことです。「肥料がないと作物は育たない」という一般的な考え方に逆行するアプローチといえます。ではどうするのかというと、竹を粉砕したチップや、剪定枝や間伐材などの木屑を使います。
これらはいずれも森林管理で発生し、廃棄されることの多い未利用資源です。特に竹は厄介者扱いされるケースが多いのですが、ここでは作物の生育に役立っています。今年(2025年)はたくさんの竹が手に入り、需要のほぼ100%を賄っています。竹は木屑の半分ぐらいのスピードで微生物が分解してくれるので、とても重宝しています。
―通常は土中の微生物が肥料を分解し、作物の栄養に変えていきます。アフリットの農法では、肥料の代わりに竹や木屑を用いるわけですね。
一般的な農業で「土中の微生物」というと、大きさが1,000分の1ミリ程の細菌(バクテリア)を指します。それに対してアフリットは、同じ微生物でも真菌に着目しました。真菌はバクテリアより少し大きく「糸状菌」、「キノコ菌」とも呼ばれます。
真菌は細かい菌糸を伸ばして作物の根に絡みついて細胞に入り込み、栄養分や水分の供給役を担います。一方の作物も、真菌に必要な栄養分を与えることが分かっています。こうした真菌と作物の共生関係を活かすというのが、基本的な考え方です。
そしてここが重要なポイントですが、真菌は肥料でなく竹や木屑を餌に活動します。よく「本当に肥料を投入しないで作物が育つのか」と聞かれるのですが、実は竹や木屑は、炭素のほかに窒素やリン酸といった作物の生育に必要な栄養素を一定量含んでいるのです。

環境再生型農業(左)では真菌が竹や木屑(高炭素有機物)を分解し、慣行農業(右)では細菌が肥料を分解(アフリット資料より)

真菌の餌になる間伐材や竹チップ(白い袋)(Photo by Shin Nagahama)
自然の森が生態系を維持するメカニズムを農業に
―農業ではあまり一般的でない真菌を使うアイデアは、どのようにして思いついたのでしょうか。
「自然の森には誰も肥料を与えないのに、なぜあんなに豊かな生態系が育つのだろうか」という、素朴な疑問が始まりでした。しかし農学部で勉強し、農業に携わる仕事に就いても明確な答えが見つかりません。周囲に聞いても「自然だから当然でしょう」といわれて終わってしまうことがほとんどでした。
そんなとき、ある雑誌の記事が目に止まりました。そこには真菌が森の地下にネットワークを張り巡らせ、栄養分や水分を循環させると書かれていたのです。まさに求めていた答えが、そこにありました。このメカニズムを農業に応用できないかと試行錯誤を重ね、2021年にアフリットを立ち上げて現在に至ります。
―森のメカニズムを農業に応用するにあたって、課題はありますか。
作物のほとんどはメーカーから種を購入したもので、森に生育する野生の植物とは遺伝子的な違いがあります。肥料を使った栽培を前提に品種改良されているため、思い通りに育たないことも少なくありません。そんな場合は諦めるのではなく、どうすれば良いのか考え、工夫を重ねます。
例えば作物が育つスピードが遅い場合は、初期生育を助けるスターターとして油粕などの窒素肥料を入れることもあります。根が成長して真菌と結び付けば、あとは問題なく育ってくれます。さすがに化学肥料は使いませんが「真菌と作物の共生関係をつくる」という基本的な方針を守りつつ、その範囲内で臨機応変に策を講じることが大切です。

圃場の土を少し掘ると、白く見える真菌が現れる(Photo by Shin Nagahama)
おいしく栄養価が高く病害虫にも強い作物を安定的に栽培
―味や栄養価など、作物の品質はいかがでしょうか。
作物は主に直売所やイベントで販売しており、「野菜嫌いな子どもが気に入って食べている」という声をよく聞きます。えぐみや苦味が少ないので食べやすいというのです。えぐみや苦味の原因は肥料の与え過ぎによる窒素過多なので、鋭い舌を持つ子どもは違いが分かるのでしょう。
おいしさは優れた栄養価の証だと考えています。実際に様々な研究で、硝酸態窒素が少ない作物はビタミンやミネラルが豊富なことが分かっています。さらに、真菌は作物を病気や害虫から守るファイトケミカルの供給役も担います。逆に硝酸態窒素の含有量が多くなると、病害虫が付きやすく腐りやすくなります。
つまり、環境再生型農業で育てた作物はおいしくて栄養価が高く、病害虫を寄せ付けず、貯蔵もしやすいなど多くのメリットを併せ持っているのです。

何十種類もの作物を輪作。地中海由来の「ナポリターナ カナリア」など、複数のミニトマトも(Photo by Shin Nagahama)
―農薬や肥料を使わないと品質の良い作物ができる一方で、収量が得られないという声も聞かれます。
確かにそういった声もありますが、4年にわたる取り組みを通して慣行農業と同等またはそれ以上の収量を見込める手応えを感じています。アフリットの圃場は多くが耕作放棄地だった土地で、条件の悪い土を真菌の力で再生させながら経験を蓄積してきました。農業には食を支える責任がありますから、品質と収量はしっかり両立させたいと考えています。
最近は、取り組みに共感してくれた県内の飲食店や野菜卸業者との取引も増えています。東京の市場へ卸すルートも開拓できたのですが、まだ需要を満たす生産量に至っていません。高まるニーズに応えるために、現在は2.2ヘクタールの圃場を2030年に約5倍の11ヘクタールに広げる目標を掲げています。

耕作放棄された水田を畑にする作業では、草を食べるガチョウが雑草を駆除(Photo by Shin Nagahama)
「活炭素」で気候変動の緩和に貢献できるポテンシャルも
―環境再生型農業は、社会と環境の両面で課題解決に貢献できそうですね。
社会課題については最初にお話しした通り、竹や木屑を継続的に使うことで森林整備が持続可能な取り組みになります。こうして環境再生型農業が好循環を生み出すことで、耕作放棄や林業の衰退によって荒廃した里山の復興にもつながる。そんな未来に向かっていきたいと思っています。
環境課題については、気候変動の緩和に貢献できると考えています。最近よく「脱炭素」という言葉を耳にしますが、私が考えるのは「活炭素(かつたんそ)」。竹や木屑を燃やせば大気中にCO2を放出して温暖化の原因になりますが、真菌の餌にすれば作物の栄養になる。炭素は決して厄介な存在でなく、それをどう活かすかが問われているのだと思います。
農薬も肥料も使わないので、土壌環境や水質の改善も可能です。真菌は菌糸を伸ばす際に、劣化した土を水はけや通気性に優れた団粒構造に変えます。近年は土壌環境を守るため過剰に耕さない不耕起栽培が注目されていますが、環境再生型農業なら、それを無理なくできます。
―アフリットのスタッフは松本さんを含めて7名とのことですが、環境再生型農業を広げるには、さらなる仲間づくりや後継者づくりも必要ですね。
去年、高校の園芸科を卒業したスタッフが入りました。しかし、29人いる同級生の中で農業の仕事に就いたのは彼1人だけだったといいます。若い人に農業の魅力をどう伝えるかは、今後の課題です。
自然相手なので一筋縄で行かないことも多いですが、農業はとても楽しいものです。よく私は「植物の声が聞こえる」といいます。これは興味を持って観察をすれば、いろいろなことが見えてくるということを意味します。技術は後から身に付けることができるので、ぜひ好奇心あふれる方に入ってきてほしいですね。
―本日はありがとうございました。
おわりに
真菌を活用するヒントが森林にあったという松本さん。もし農業という分野の範囲だけで考えていたら、思い付かなかったアイデアだったかもしれません。持続可能な社会に向けたイノベーションを生み出す秘訣は、視野を広く持ち、素朴な疑問と好奇心を絶やさない姿勢にあるのでしょう。
そして、松本さんが一つひとつの作物に注ぐ眼差しは愛情に満ちているとともに、未来を見据えているように感じられました。つい最近、アフリットは圃場の拡大を視野に入れて農地所有適格法人になったとのこと。この法人格を取得すると、全国で農地の取得が可能になるそうです。環境再生型農業の普及に向けた準備は、着々と進んでいます。
松本洋俊(まつもとひろとし)
1972年、宮崎県出身。日本大学大学院・修士課程修了。博士(生物資源科学)。2008年、アミタ(株)に入社。農業をはじめとする自然産業領域の調査、研究、開発、コンサルティングに従事。2018年、ブラジルで大規模オーガニック農場の開発プロジェクトに参画。2020年、(株)ケンソー・アグリ事業部に入社。2021年、同事業部を農業法人アフリットとして分社化、2025年に代表取締役に就任し、現在に至る。