ENWの日々」カテゴリーアーカイブ

ENWキャンプ14春レポート

こんにちは。佐藤です。

4月21日に、緑豊かな公園の中にあるBumB(ぶんぶ)東京スポーツ文化館で2014年春のキャンプを行いました。

ENWでは普段メンバーが各自の拠点で働いているので、年に1〜2回、集まってそれぞれの想いや仕事などについて共有する「キャンプ」を行います。今回のメンバーは、ニュージーランド、金沢、愛知、茨城、千葉、埼玉、東京からの参加でした。
私はENWとつながりを持たせてもらってからちょうど1年がたち、キャンプ参加は2回目です。

今回のキャンプでは、午前中に組織と個人の強みや将来の方向性の共有、午後にプロジェクトやサービスの強化のためのワークをしました。

普段遠隔で働いていて、初対面のメンバーもいるためまず自己紹介から!
それぞれが自分を象徴する動物の絵を書き、それをみんなで当てるワークでした。ユニークな動物たちの登場に笑いが飛び交い、メンバーの新しい一面を知ることができる楽しいアイスブレイクになりました。

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最初のワークは、それぞれが関わったプロジェクトについての3分プレゼンです。プロジェクトの発表とコメント・質問を通して、普段関わりのないプロジェクトやメンバーの仕事内容を知る機会になりました。

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午前中の方針共有では、全体と個人両方のワクワクを目指す中期の方針と、ENWのビジョンの再確認を行なったあと、「個と組織の関係」についてそれぞれがいいなと思う事例や本の紹介をしました。

私が一番印象に残ったのは、「ワークシフト」という本です。「これからの時代は、連続スペシャリスト=スキルを資産として、移行と脱皮を繰り返して行く人にならなければいけない」というメッセージに不安を感じましたが、今回のキャンプを通して、ENW は自分の努力次第でそれを実現できる場所だなと再認識し、身が引き締まる思いでした。

お昼にはご飯を食べながら、組織と個人の観点からお互いの期待や悩み・気持ちを共有し、仕事上のストレスを少しでも減らしたり、個人が戻ってきたくなるような組織をつくるためには、などをテーマにフリーディスカッションを行いました。

午後のノウハウシェアセッションでは、それぞれが実際に利用した作業用データや納品物を見ながら、プロジェクトの体制・工夫ポイント・獲得したノウハウについて共有を行いました。全プロジェクトに共通して海外目線で人の心を捉えるサービスを提供できることがENW の強みのひとつであることが確認でき、それぞれの仕事の工夫点においても学びの多いセッションとなりました。

午後2つ目のサービス向上検証セッションでは、各プロジェクトの特徴・強みなどを模造紙に書き出しながら、気づき•専門性の蓄積方法や、サービスの価値向上、体制強化の可能性の検証を行いました。

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また、ワークの間に、「南太平洋クイズ」「ロープの結び方」「ヨガの呼吸法」などリフレッシュタイムを入れたことで頭が柔軟になり、アイデアを出しやすい雰囲気を一日保つことができました!

最後は、一日で知ったことを元に相手への想いや期待をポストイットに書いて、相手の身体に貼付けるワーク。
体にメッセージを貼ってもらうことで、相手の想いが自分の中に深く入ってきて、改めてがんばろう!と思えました。

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一日の共有の中で、明日からまた日々取り組んでいくエネルギーをもらったという声もあり、それぞれお互いの目指すものや、大切にしているものを共有できたキャンプでした。また私にとっては、「個」として輝きながら働いていくために必要な意識や能力が見えてきたとても貴重な一日となりました。

(執筆:佐藤百合枝)

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代表の日常報告 アジア・オセアニア拠点から

多文化都市オークランドのフェアトードカフェから、おはようございます!

ご存知でしたか?

ニュージーランドでは、カフェで “black” を頼むと、カプチーノとお湯が出てくることを・・・

普通のブラックコーヒーがほしいときは、American、または large long blackなどというようです。なんでもない言葉の「違い」に、なぜか喜びを感じてしまいます。

お客さまのご理解とパートナーのご協力のもと、仕事を続けながら、ここに「アジア・オセアニア拠点」をつくるべく、多文化都市のオークランドにきております。

これから数年をかけて、
日本と行き来をしながら、ここに生活と仕事の拠点をつくります。

今日は、ここへきて20日目。
上の7歳の娘が学校に編入しての最初の週が終わろうとしています。

こちらは8月の「冬」。今日は曇り。昨夜眠りにつくころには、こちらにきて初めて、風のびゅうっという音と雨が家をうっていました。気温は10度弱でしょうか。

東京都の時差は、この季節は3時間。

いまは、6時に起床し、子どもの送りや食事、生活に必要なことをしながら、夜18時30分まで仕事をしています。朝仕事をすると、日本は早朝3:00時。夜18:30に仕事をあがると、日本は15:30といった感じです。

オンラインで進行できるプロジェクトはできるだけ日本にいるときと変わらず、リアルタイムで。

お客さんやプロジェクトメンバーとの打ち合わせは、オンラインでできないときは日本の仲間の助けをかり、私は側面サポートに入っています。

翻訳や言語に関わるプロジェクトは、多くの翻訳者さんやコーディネイターの方がそうしているように、遠隔でオンラインでも完結していきます。

特にオンラインで完結できないプロジェクトやチームの運営のことについて、どこまでできるのか。距離や時差の壁があるために、できないこともたくさんあります。しかし、自分をどう変えるか、役割をどうするか、次第とも思います。

半年以上をかけて準備をしてきましたが、出発前後の2週間は、引越と日々のやりくりに追われました。

こちらへきて2週目から実質7割程度のペースで仕事を再開。

3週目には、ようやく生活パターンができ、仕事も8割程度のペースに戻ってきました。

来週(4週目)は、家族を残し、ある大手企業のプロジェクト取材で中国(深圳)に出張します。家族を残すので、まだ慣れない車の運転、下の2歳の娘のケアなど、心配ではありますが・・・

このようなスタイルでも「コミュニケーションに問題なく、成果さえ出れば」と取引を続けてくださるお客さま。

色々な工夫をしながら思いを共有し、仕事を一緒にして支えてくれる仲間たち。

遠くから見守ってくださる友人たちに感謝して。

プロジェクトの成功と最高のパフォーマンスをイメージして、今日を始めます。

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カテゴリー: ENWの日々, 小林 一紀 | コメントする

代表がNZに行ってしまって、今感じていること

先週、代表の小林が家族を連れてニュージーランド(NZ)に旅立ちました。

【ご案内】経営・運営体制移行のお知らせ

ENWのアジア・オセアニア拠点開設に向けた、
新たな一歩です。

NZ、行ったことがないですが、イメージはこんな感じ。

Hobbiton, Matamata
photo by Joshua Eckert

Rafting together - Seakayaking from Hahei, New Zealand
photo by Takver

The sheep building, Tirau, Waikato, New Zealand, 3 April 2008
photo by Phillip Capper

日本はこれから真夏に突入ですが、向こうは南半球なので、
寒くて震えているそうです。
まずは生活環境の整備に専念していて、
部屋のペンキ塗りがもうすぐ終わり(さすがDIYの国)、
やっとネットが開通したそうです。

お客さんや周りの方に代表がNZに行く、というと、
「羨ましい。。。!」と言ってくださる方もいれば、
「大丈夫なの?」と心配してくださる方もいます。
(特に家族によく心配されます。笑)

ただどの方にも共通しているのは、
「自由だね」という声。

もちろん、明日から行きますと言ってできるわけでもないので、
半年ぐらいかけて体制を準備してきたのですが、
不安が全くないといえば、ウソになります。

でも、何とかはなるかなと。

一緒にやっていく仲間がいて、自分も色々な経験を積んできて、
何よりこれまでも仕事の8割は会わずに進めていたので、
実はいまだに実感があまりなかったりもします。笑

最初にNZに行くことを相談されたとき、
どうして自分がOKしたかなということを今振り返って考えてみると、

1.たとえ立場は代表でも、
個人/家族としての選択されたことを尊重したい。
(その時点での組織の中での役割に対する責任が
果たされている前提で)

2.自分も小さい頃に育ったフランスに
いつか住みたいと密かに考えているから、
応援しないわけにはいかない。笑

3.普段からバーチャルでやってるし、
ちょっと時差が発生するだけで、
何とかなるかなと思った。

4.いや、むしろENWが次のステージに進化するチャンスかもしれない。

そんなことを考えて、
応援したいと思うようになり、
準備を一緒に準備を進めてきました。
(どんな準備をしてきたかは、また改めて)

一方で、これをきっかけに考え始めたこともあります。

1.たとえば子育てや介護と比べて
必然性が絶対的にあるとまで言い切れないことに対しては、
組織の中での個人の選択の自由というのは、
どこまで許容されてよいものなのか?
(その理由や、その際の条件は?)

2.それを許容したり、むしろ積極的に応援する組織文化を
どうやって作る(作ってきた)のだろうか?

3.組織の外部の方には理解してもらえるのだろうか?
応援してもらえるようにするためにはどうしたらいいのだろうか?

4.自分の子育てどうしよう(まだ子どもいないけど)

など。

NZでの様子については、近々小林自身が
ブログで発信をしていきます。

さぁどうなるか。
これからの新しいENWをお楽しみに。

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山形発の映画「よみがえりのレシピ」を観てきました

山形を舞台にしたドキュメンタリー映画「よみがえりのレシピ」を観てきました。
http://y-recipe.net/

山形在来のかぶ3種

山形に古くから伝わる在来の種を守り継いできた人々の想いと現在を市民の手で撮影したドキュメンタリーで、とても温かい気持ちになれる映画です。口コミでゆっくりと自主上映の輪が全国に広がっているとのこと。私も近所で開かれた自主上映会で鑑賞させてもらいました。

■山形でしか味わえない個性的な野菜たち

皮が薄くて瑞々しくさわやかな苦みが特徴の外内島(とのじま)きゅうり、各家庭で自慢の茹で方がある白山だだ茶豆、絶滅したと思われていた宝谷(ほうや)かぶ、根はメロンほどの糖度がある赤根ほうれんそう、「冷害で寒くても干ばつでも残る」と言われ、人々を飢饉から守ってきた甚五右ェ門芋(じんごうえもんいも)などなど、色も形も味も個性的な野菜たちがたくさん登場します。風土に合わせて進化するのが在来品種の特徴。これらの個性的な野菜は、山形でしか育むことのできない味なのです。

大量消費、大量生産に合わせ、もっと早く、もっと効率的に、もっとたくさん、そんな方向で突き進んできた食の市場では、成長が早く、姿かたちが均一で、長距離輸送に耐える品種が求められ、その要求に合うように交配されたF1品種(一代限りの雑種で種採りができない※)が店に並ぶ野菜のほとんどを占めるようになりました。

ゆっくりと成長して個性的な在来品種はその逆で、次々と姿を消してきています。それでも、「ここにしかないものだから、大切なものだから」と種を採り続けてきた高齢の農家の人々がいました。映画では、そんな農家の人々と在来品種の研究者、在来野菜の個性に寄り添う料理人、在来野菜を食べることで応援する人々とがつながって、山形ならではの食と文化を語り合い、在来品種を次の世代へ繋げていく様子が描かれていました。

■種から種までを見届ける

山形の一部の小学校では、在来品種を栽培する授業があり、地元の農家の人々が子どもたちに種まきから、育苗、手入れ、収穫、種採りまでを教えているそうです。子どもたちが収穫した野菜を食べる様子は喜びに満ちていて、「苦いけどあまーい」「すっごいきゅうりのにおいするー」と反応も素直でとってもかわいかったです。

子どもたちは「種から種まで」を見届けることで、命の営みを学び、「食べ物は命なんだ」ということを体験を通じて知るのだそう。おばあちゃんが白山だだちゃ豆の種採りをするそばで遊んでいた孫が、「ばーば、大事なもの、落ちてたよ」と、学校帰りに道端で種を拾ってきたというエピソードには、私も将来子どもや孫ができたら、いっしょに在来種の種採りがしたいなぁと思いました。

■農業と地域の再生にも―在来作物が秘める可能性

登場する農家は高齢でがんばっている方が多く、後継者不足が心配でした。子の世代では、農家では食べていかれない、都会に出て月給とりになる、と後を継がなかったという話も出てきました。

孫の世代で後を継ぎ、おじいちゃんとおばあちゃんといっしょに甚五右ェ門芋を育てている佐藤春樹さんは映画のなかで「農業は自分も幸せになれるし、だれかを幸せにできる仕事」と語ります。人と作物の命を支えあいを担っているのが農業。身体と健康をつくっている食べ物を守り育てる農家の人々がもっと誇りを持てるようにできないだろうかと思いました。

それに大きく貢献しているのが山形イタリアン「アル・ケッチャーノ」の奥田シェフです。在来野菜の個性に寄り添い、昔ながらの作物に現代の人たちが価値を見出す新しい料理を提案しつづけています。

「そこにしかないものが、そこにしかない命が食べられる、それが複数あると、全国から人を呼べる」という言葉に、在来品種には地域を再び輝かせる力もあるんだと思いました。奥田シェフも中心となって関わっている「宝谷蕪主の会」(出資すると収穫した蕪の一部を配当として得られる)には、北海道、仙台、京都など全国からたくさんの人が集まり、アル・ケッチャーノで宝谷かぶの料理を囲みながら収穫を祝っていました。

■失われてからでは遅すぎる

山形で失われた品種はここ10年間で30品目以上。在来野菜の色彩、香り、味わい、食感、そして昔ながらの野菜が栽培されている風景、こうした地域ならではの感性は、いったん失われてしまえば、取り戻すことができません。

在来品種に含まれる成分は、あまり知られていないものの、発がんを抑制する成分など健康に恩恵をもたらすものもたくさんあるそうです。こんなに人のためになってくれる野菜たちを絶やしてしまうなんて、私たちはなんて罰当たりなんだろうと思いました。

■来場者とのトークセッションで

鑑賞後には、渡辺智史監督と映画に登場する農家の佐藤春樹さんが来てくださり、来場者とのトークセッションが設けられました。来場者からは「生き物の場合には絶滅危惧種を守ろうとレッドリストが作られていますが、栽培作物に関してはないのでしょうか?」という質問も出ました。残念ながら、そうした取り組みは在来品種にはないそうです。

来場者からはほかにも、遺伝子組み換え作物がいつのまにか認可されはじめていることへの危惧やそれによって自家採種ができなくなるという懸念の声も聞かれました。食の影の部分に警鐘を鳴らすものではなく、あくまでも在来作物の素晴らしさを伝える爽やかな映画でしたが、食について不安に思っていることを話し合う良い機会にもなりました。

■在来作物を守りたい

ここにしかないものだから。ずっと受け継がれてきたものだから。大事なものだから。食べたいな、と待っていてくれる人がいるから。食べて喜んでくれる家族がいるから。そんな純粋な気持ちで種を守ってきたおじいちゃん、おばあちゃん。

その姿を見て後に続く若者たち、学術的な立場から応援する大学の先生、料理で在来作物の魅力を最大限に引き出して全国に発信するシェフ、そしてその味に集うお客さんたち。

在来作物を愛おしむ人々の姿を市民プロデューサーの方々が映像に収め、渡辺監督がひとつの作品という形にして、山形から世界に紹介しました。在来品種を残したいという想いをひとつに、それぞれの立場で、それぞれ得意なことで、背伸びをせずに活動を続けている姿がとても素敵でした。

*じわじわと全国に上映会が広がっているそうです。上映情報と自主上映会の実施方法などの詳細については、こちらでご確認いただけます。
http://y-recipe.net/theater_information/

※F1品種:種が採れるものもありますが、栽培しても親と同じ形質にはならないので、種を種苗業者から買い続けなければなりません。育種はほぼ外国で行われています。雄性不稔性(雄しべができない突然変異。男性側の不妊症のようなもの)を利用して交配した品種は種ができません。
(参考文献:「タネが危ない」野口勲著/日本経済新聞出版社 /2011年9月刊行 )

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数字の落とし穴

ENWでは、自主的な調査研究を応援する体制があり、最近、メンバーの一人が仕事中の電磁波対策について調べ、調査結果を共有してくれました。

その資料に示されていた参考書籍(*1)のひとつをパラパラ見ていたら、

「人口の2~3%が化学物質過敏症または電磁波過敏症(*2)である」

という記述が目に入りました。

日本ではどのくらいなんだろう、と思い、インターネットで調べてみたところ、電磁波過敏症の数値は見つかりませんでしたが、化学物質過敏症については2000年の調査で、可能性のある人は2%というデータが見つかりました(データ元:化学物質過敏症支援センター)。

この2%という数字を見て、私は初め、
「そんなに多くないんだな、まれにそういうことがあるんだ」
という印象を持ちました。
そして、自分が過敏症になることはまずないだろうと思いました。

しかし、2000年の日本の人口はどのくらいか調べてみると、
約1億2561万人(総務省統計局)。
この2%とは、約250万人という数です。

たとえば「ミリオンセラー」と言われた場合は、
すごくたくさんの人が買っているような感じがします。
「ミリオン(100万)」という表現が桁の大きい数字で、
感覚的に大きく感じるせいもありますが、
ミリオンセラーを出したその作家が好きで、
多くの人に読まれたと思いたいと感じている場合には、
その主観がさらに数字を大きく見せるように思います。

「2%」が小さく思えたのは、2という小さい数であるため、
感覚的に小さく感じるということもありますが、
今の便利な生活をやめたくない、自分は大丈夫だと思いたい、
という私の主観が入ったためだと思いました。

ミリオンセラーの100万よりも多い250万人という数字が
大した数ではないように思えてしまう。
これは危険な錯覚だと思い、さまざまな視点からこの数字を検証してみました。

先日乗った新幹線の1両あたりの座席数は20列✕5席=100席。
単純に考えて、過敏症の可能性のある人は一車両に2人。
(過敏症の人はそもそも乗ること自体ができないとは思いますが…。)

私が住む東京都府中市の人口は約25万人
過敏症の人の数はこの10倍以上。

日本で食物アレルギーを持つ人の割合は約1~2%(厚生労働省ウェブサイト)。
食物アレルギーの患者さんは多いと思っていましたが、
同じくらいの数の人に過敏症の疑いがあるということがわかりました。

このようにして考えていくうちに、
最初に持った「まれである」という印象が誤りだったと気付き、
数字には注意が必要だという教訓になりました。

なんらかの効果を狙って故意に表現が選ばれる場合もありますし、
主観によって無意識に勝手な解釈をしてしまうこともあります。
数字に限らず、事実やアンケート結果などでも、
もととなっている情報をさまざまな角度から検証することで、
誤った印象に基づく判断を避けるように気をつけよう、と思いました。

注:
*1) 「本当に怖い電磁波の話-身を守るにはどうする?」
(植田武智・加藤やすこ共著/金曜日刊)
*2) 電磁波過敏症と化学物質過敏症は、それぞれ電磁波と化学物質に過敏に反応する症状に苦しむ人のことで、頭痛やめまい、不眠、動悸、食欲不振、吐き気、嘔吐、皮膚のかゆみや赤み、集中力の欠如などさまざまな症状が出る。微量を繰り返しまたは一度に大量の電磁波や化学物質に被曝することで発症すると考えられているが、研究が進んでおらず、診療できる医師も限られ、周囲の理解が得られずに苦しんでいる患者も多い。

 

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