東日本大震災から10年の節目に向けて考える

2019 / 5 / 5 | 執筆者:野澤 健 Takeshi Nozawa

GW、ふと思い立って宮城の気仙沼と石巻、
そして福島の双葉町・浪江町に行ってきました。

レンタカーを予約したのが出発前夜。
移動しながら行先を決める、
半分行き当たりばったりの2泊3日の小旅行です。

最初にたどり着いたのが、3月にオープンしたばかりの
気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館でした。
http://www.kesennuma-memorial.jp/

施設は、気仙沼向洋高校旧校舎を、
生々しい津波による傷跡をそのままに保全したもの。

津波被害の「目に見える証」として、
私たちに震災の記憶と教訓を伝え、警鐘を鳴らし続けています。


冷凍倉庫の激突跡


校舎の3階に流れ着いた車

震災を象徴する建物の取り壊しが進む中、
校舎を保全し伝承するとした決断に至るまでには、
長い時間が必要で、地域の方々の心の中には、
複雑な思いや葛藤があったことが推察されます。

復興が進み、土地が整備され、新しい建造物が建てられ、
津波による大きな被害があったことは、
少しずつですが、目に見えにくくなってきています。

東日本大震災から8年が経過し、元号も変わり、
新しい時代へと社会も移り変わっています。

一方で、被災者の方にとって時間の流れは、
同じスピードでは流れていません。

福島の双葉町・浪江町など、
いまだ帰宅困難区域に指定されている地区の家々は、
8年前の原発事故以降、そのままの状態で残されています。

しかし避難者に対する住宅補償などの公的な支援は、
打ち切りが進んでいます。

もうすぐ、東日本大震災から10年。

企業が取り組んできた、
「大和証券フェニックスジャパン・プログラム」や
JT東日本大震災復興支援 「『ひと』と、未来へ。」など、
長期にわたる復興支援プログラムも、総括が求められるタイミングとなります。

それぞれで進む時間のスピードが違う中で、
これまでをどのように振り返り、これから必要な支援が何かをどのように考えるのか。
重要な節目となります。

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