ストレス解消に自己実現! 米国で広がるマインドフルネス瞑想法(第4回)〜深みを増すマインドフルネス

2018 / 11 / 21 | 執筆者:EcoNetworks

以前の記事では、マインドフルネス瞑想との出会いその基本について書きました。今回は、私がマインドフルネスを実践する中で経験してきたことを振り返ってみたいと思います。

私の経験を話す上で、まずは『こころが軽くなるマインドフルネスの本』にある吉田昌生氏の言葉を借りさせていただきます。

 こころは無意識に未来や過去にさまよって、ストレスを感じ、エネルギー漏れしているのです。

 これを止めるには、無意識に思考していることに気づき、「今、ここ」に意識を向けることが大切です。

 心が未来や過去に向かったとき、不安や恐れ、後悔、緊張が生まれます。

 ですが、私たちの心が完全に「今、ここ」にあるとき、思考がつくりだす苦しみから解放されます。

 マインドフルネスは「今、ここ」にある練習です。

パニック障害を経験した20代の私には、この「無意識の思考」は恐い内容でした。パニックの記憶が突然頭に浮かんできて、そのためにまたパニックを起こす。その繰り返しでした。そして、その悪循環を断ち切る方法がなかった私は、薬を飲まざるを得ませんでした。

その後、パニックの当初の原因がなくなっても、この症状が完治するには自分の思考を安全にする必要があり、そのための何らかの練習を必要としていたように思います。

この秋でマインドフルネス瞑想を始めて6年経ちますが、その間ほぼ毎日、平均して20分ぐらいの実践を続けています。一時間ほどの練習も時々入れ、一週間のリトリートに1回、3日間のリトリートに2回行ったこともあります。そして、座位での瞑想をしていない、例えば料理や歯磨き、散歩をしたりしているときも、気づいたら「今、ここ」に意識を向けるように努力してきました。

このように練習して最初の5年あまりの間に、身体に起こる症状が落ち着くことに気づき、その効果を享受してきました。

そして、最近はそれ以上の効果にも気づき始めました。「思考がつくりだす苦しみから解放される」ことも初めて味わっているのです。

説明しようとすれば、「今、ここ」にいるときの「自分」は極めてシンプルな存在です。よく観察すると、雑念は今という瞬間に起こりますが、不必要な要素です。感覚や周りの環境との関連性がとても薄いと気づくのです。この気づきで、こころはより自由になった気がします。

そういう意味で、日常的に「こころが平穏である」瞬間を味わっています。

考えてみると当たり前なことなのですが、五感に現れる感覚そのものは危険でも暴力的でもありません。しかし、以前の私はそう思えなかったのです。今は、思考の合間に隠れていた平穏な瞬間に何回もつながることで、こころが解放され始めました。

私にとって、泣き出しそうなほど重要な気づきです。

マインドフルネス瞑想を始めたばかりの方にとっては、吉田氏の言葉には信じ難い側面があるかもしれません。果たして、不安や後悔の苦しい思いから解放されることは可能だろうか、と思うかもしれません。でも、今の私には、その言葉はまさに身体と心の関係について真実を突いており、私が経験してきたことを的確に捉えているのです。

マインドフルネスの実践を重ねて私の身体と心がこれからどう変わっていくか、楽しみです。と言いつつも、「今、ここ」にいるだけでも充分です。

(スティーブン・ジェンセン@アメリカ)

10月に参加した瞑想リトリートの開催地(オレゴン州ポートランド)
Photo by Stephen Jensen

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